平成24年4月1日

 ディレクトフォース会員 今井 智之


4月23日勉強会、中野剛志先生の「TPP亡国論」を聴講して

本稿に関するご意見が、会員の金井 勇司さんから寄せられました。こちらからご覧ください。

TPP参加の意思表示をすべきか否かの議論が盛んに行われた頃、テレビ討論で中野先生の血気盛んな、また感情的な論戦振りを見聞し、些か違和感と反感を抱いたのですが、この度は、十分時間もありますから冷静にご意見を聞き、その説得性を確かめることができるであろうという思いで出席しました。しかし、その結果は、先生のご意見に益々懐疑的にならざるを得ませんでしたので〈DF Web〉上に、私の感想を述べようと決意しました。結論的に申し上げれば、講師が着席されたため、拝顔もできず、まるでラジオを聴かされているような状況であったことは許せるとしても、質問者に対する反応が無礼千万であったり、主義主張の理論武装が未熟であることから、私がTPP反対者であったとすれば、かような弁護・応援はお断りするであろうということにつきます。

理論武装が未熟である点をいくつか指摘しましょう。先生が、" Two sides of a coin " という論理思考を理解されていれば、お分かりになるはずです。先ずTPP反対のための情報や根拠を只々選び並べ立てただけでは、その裏側の解釈もありうることが察知できるはずです。公開情報だけを使用と主張されても、その選択の部分が自分の主張に都合よく結びつくものだけを列挙しているということも伺われました。こう申しますと、先生は、「おっしゃっていることが理解できません」と切り捨てるかもしれませんから、具体的に申し上げましょう。

  1. 「農産物の自給率はすでに下がり過ぎている。TPP参加によりこれ以上下げてはならない」と言われました。 果たして今の自給率の低下は貿易の自由化のせいでしょうか。否。農家の高齢化と改革不足による生産能力の低下が供給力を引き下げていると考えませんか。パンや菓子の原料としての小麦粉、飼料としてのトウモロコシを十分賄える供給力があるとは思えません。家庭では大多数が、高価格にも拘らず、国産米を使っていますが、主食としての米の消費量は減少しています。序ながら長年の保護政策によりコスト競争力は全くありません。トマト、きゅうり、なす、レタスなど野菜の市価はフランスやイタリアの数倍もします。TPPに参加しなくとも日本の農業は改革なくしてはいずれ滅びてしまうでしょう。むしろTPPが刺激になり、新規農業者も加わり、流通が合理化されれば、供給力と競争力は高められ、自給率は改善するはずです。
  2. 「デフレが問題である。貿易の自由化がデフレを悪化させる」と言われました。 確かに工業製品、衣服、外食、観光など大変苦しいでしょう。しかし、競争を強いられて民間の企業は皆頑張っています。他方、農産物は上記の通りで、消費者にとってはデフレどころかインフレという印象です。自由貿易は輸入だけの問題ではありません。デフレが輸出競争力を高める効果もあります。今、物価水準より、むしろ日本のGNPの低迷が問題のはすです。グローバル化を否定し、我国が孤立し、改革もせず現状を維持していては、人口の減少も相俟って、GNPは縮小してしまいます。デフレ下でこそ消費の拡大を後押しすべきでしょう。
  3. 「TPPの狙いは関税の撤廃だけではなく非関税障壁の排除にある」とのことですが、我国の非関税障壁は守るべきなのでしょうか。外国対日本、アメリカ対日本という構図だけで考えるべきではないでしょう。非関税障壁は既得権者を保護することであり、国内の新規参入業者をもシャットアウトする現体制を維持していては国民経済の発展はありえないでしょう。たとえば農地・農業を意欲的な若年の経営者に解放すべきでしょうに。公的なプロキュアメントを公正に幅広く開放すれば、経済活動が活発化し、コスト引き下げのみならず同時に財政の改善にも貢献することになりましょう。また、規制緩和は新規事業者を刺激し、新製品・サービスの開発を活発化し内需を押し上げて行く効果を発揮するのみならず、輸出の拡大にも繋がって行くはずです。
  4. 「輸出先の関税を撤廃しても円高によるコスト高のほうが大きい」という点に関しては、確かに目下のところ数字的には正しいでしょう。しかし、些か短絡的で、この状況が将来とも続くという保証はありません。今、先行きの極端な円高論を展開して危機を煽っている学者がいることも承知していますが、逆に円安に向うという見方にはより現実的な根拠が伺われます。我国の経済の縮小、財政の更なる悪化、貿易収支の悪化、社会保障制度の崩壊による社会不安、これに反グローバル化による内向思考による規制の継続が加われ、ましては消費税の増税が決められなければ、海外から円は敬遠され円安に転ずるでしょう。また、規制緩和や改革が遅れれば、より深刻な状況を引き起こすもとになりましょう。国債の金利が上昇すれば、ハイパー・インフレが起こり、日本がギリシャ化する可能性さえありうるのです。先ず、輸出先の関税率ハンディキャップを取り除き、輸出業者には、Equal footing を担保することが肝要でしょう。資源を海外に依存している我国にとって輸出の安定的拡大は欠かせないからです。
  5. 最後になりますが、最も重要な誤謬を指摘しましょう。先生は、チャート28頁で、「1998年を境に輸出が増加している反面、ひとり当たり給与と労働分配率が減少している、これはグローバル化がもたらしたものである」と主張されました。では、我国を孤立化し、従って輸出を減少させれば、給与も労働分配率も上がり、国民が豊かになるとでもおっしゃるのでしょうか。輸出が悪のようにおっしゃいましたが、もし、輸出の増大がなかったならGNPは大幅に縮小していたはずです。真の問題は国内需要、消費の低迷にあるということです。事実、働き盛りの人達は元気がありません。旅行もしない、スポーツやレジャーに興味を持たない、生活環境をよくしようなどという関心も薄い、つまり大きな野心も欲望もないように思うのです。借金をしてでも生活を豊かにしようという気概が欲しいのです。また人口の減少は、即市場の減少に繋がります。反面、諸外国の人口は増加しますから、我国が海外にマーケット、いや活路を見つける努力は欠かせないことは明々白々です。企業関係者は頑張ってきました。大変厳しい逆境の中で輸出を増やしてきたのです。労働分配率の低下は、かような国際競争環境の中、やむなく調整されてきたものと解釈すべきでしょう。先生も、アメリカさえも労働賃金の調整があったと指摘されましたが、その通りです。このチャートには、GNPの推移をも載せるべきでしょう。序ながら、バブル崩壊後の20年間(所謂失われた20年)に日本だけが低迷していた訳ですが、もし、アメリカと先進欧州諸国全体の平均的GNP伸び率を日本に適応したとすると、20年間で所得がおよそ倍増していたということは誰も想像できなかったでしょう。いかに日本だけが悪かったかという自覚さえなかったかの証明です。リーマン・ショック後の欧米諸国の状況を見るに、残念ながらこの事実はまた忘れられてしまうのでしょうか。

質問者2人は、日本の深刻な現状を踏まえて先生に改善策のお知恵を乞うたに違いないのですが、「質問が分からない」、「本講とは関係ないから答える必要がない」と切り捨ててしまいました。序に何かお話になっていましたが、それこそ「分かりません」でした。内需拡大策などのお話はできなかったのでしょうか。これでは勉強会になりません。理解不足と一蹴されてしまうかもしれませんが、講演ももっと工夫した"解り易い表現"(bullets)を使ってパワーポイントなどのプレゼン・ツールを活用し、公平な(片面でなく両面の)論旨でお話になっていれば、理解され易かったかもしれません。私のコメントは、”上から目線”のチャレンジングなものとなりましたが、聴講者の中に賛否両論があろうと思います。この場をお借りして是非とも率直なご意見を賜りたくよろしくお願いします。

以上

4月23日勉強会の「TPP亡国論」はこちらに掲載してあります。