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一般社団法人 ディレクトフォース

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 2019/11/16(No.305)

「素晴らしき先達に導かれ私の今があり」

 

谷口 擴朗

筆者

生まれてこの方、自分の将来について何か大きな目標をもって生きてきたわけでもない。その時々の目標は持ってはいたものの、それは折々の私に与えられた使命・ミッションであり、私はただひたすらにそれを果たすべく注力してきただけであるというのが正直な事実である。
 振り返ってみると、仕事の関係で幸運にも、とてもありがたい人生の大先輩方に巡り合えたお蔭で今日の私があると改めて実感できた。

私は1945年12月9日生まれ。兵庫県南あわじ市福良の出身。高校3年まで淡路島で過ごした。大学進学については、当初父親に「大学は義務教育ではないから行かなくていい」と反対されたが、高校の先生が父親を説得してくれ京都大学法学部に進学することが出来た。
 大学4回生の5月頃、今まで一緒に遊んでいた仲間が急に時間が無いということになり会える機会が急減したので調べたら、みんな司法試験の一次試験を目指し猛勉強をし始めていた。気が付いて慌てて私もチャレンジしようと思い立ち、勉強を始めたが、時既に遅し、1年留年をして司法試験の合格を目指そうと思い、父親に相談した処、「4年で出来ぬものは10年経ってもできぬ」と留年は即、却下された。
  よって已む無く就職活動に切替え、その年(1967年)の6月初め、住友銀行(現三井住友銀行)を訪ねた。同行には大学の先輩もたくさん就職しているからというだけで、ツテもなく、知る先輩もいない飛び込みの就職活動だった。3度の面接を経てやっと内定。晴れて住友銀行に就職することが出来た。もちろん当時の私はずっと銀行に残るつもりはなく、司法試験に合格するまでだと心に決めていたのだ。が、想像以上に厳しい職場に入ってしまって銀行から与えられるミッションに対応するのが精一杯だったため、司法試験受験の勉強どころではなくなり、気が付いたら結局22年間の歳月を経てしまっていた。

住友銀行時代(1981~1983)~「松下幸之助」との出会い~

本店営業第一部次長時代に、松下電器産業株式会社(現パナソニック)を担当した時のこと。当時松下幸之助さんは相談役で、直接話する機会はなかったが、私は「松下幸之助」と名のついた書籍を片っ端から購入し、何度も読み、幸之助さんについて詳しく勉強した(写真1)。

(クリック→拡大)
(写真1)「松下幸之助」
関連書籍の一部
(写真2)「画伝―松下幸之助 道」
の書籍ケース表紙

また、門真市にある松下本社の財務部門にお伺いする時はそれに先立ち、私は必ず本社敷地内にある「創業者の森」の幸之助とむめのさんの夫婦像に手を合わせてから訪ねる事にしていた。
 当時松下電器産業(株)の社員でなければ実現できないことが2つあった。
  私が住友銀行の同社担当者として「松下幸之助さんをとことん勉強したいので是非ともご理解をいただきたい」と無理を承知でお願いしたところ、それを実現することができた。大変有り難かった。
  1つは1981年5月5日に発刊された「画伝 松下幸之助 道」(非売品、社員限定書籍)の入手である。今も手許に大切に保管している(写真2)。
  もう1つは当時PHP研究所で実施されていた同社専用の課長研修(3日間研修)への社外人の参加である。後にも先にも銀行員でここまでした人はいなかった。例外中の例外であった。

お蔭で私は幸之助さんについて大変多くのことを学ぶことが出来た。その中で「素直であること」「諦めたらあかん」ということと「旺盛な好奇心」の3つが「その後の私の生き方のベース」になったように思う。

松下幸之助から学んだ困難に出会った時の対処方法(松下幸之助の言葉より)

  • 「困難に直面し、身を切られるような思いに悩みつつ、勇気を鼓舞してやってきた。崩れそうになる自分を自分で叱りつつ、必死で頑張るうちに、知恵才覚というものが必ず、浮かんできた」
  • 「道」:

自分には自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがえのないこの道。広い時もある。狭い時もある。のぼりもあればくだりもある。坦々とした時もあれば、かきわけかきわけ汗するときもある。
  この道が果たしてよいのか悪いのか、思案にあまる時もあろう。なぐさめを求めたくなる時もあろう。しかし、所詮はこの道しかないのではないか。あきらめろと言うのではない。いま立っているこの道、今歩んでいるこの道、ともかくの道を休まず歩むことである。自分だけしか歩めない大事な道ではないか。自分だけに与えられているかけがえのないこの道ではないか。
  他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、道はすこしもひらけない。道をひらくためにはまず歩まねばならぬ。心を定め、懸命に歩まねばならぬ。

私は今なお、自分が滅入ったり、困難な状況に至った時は、幸之助さんから頂いた上記の2つの文章を取り出し、元気になるまで読み返すことにしている。いわば私専用の難局用の薬のようなものだ。

住友銀行時代(1988~1990)~「世阿弥」との出会い~

梅田新道支店長着任早々(1988年10月)、支店の取引先で構成された梅田新道支店懇話会の会長さんから、
「支店長職は大変な激務、健康な身体を保たなければいけない。

  1. 大勢の皆さんの前で話す機会が多い、声が通らないといけない。そのためには姿勢を正し、お腹から声を出すことが必要。
  2. みんなから支店長様、支店長様とあがめられて増長する人も多い。人は謙虚でなければいけない。
  3. そのためには「師」を持つこと、「師」につくことである。

この3つを同時に満たすものがある。それは「」だ。私が師事している良い先生をあなたに紹介しよう。今度の日曜日、神戸の湊川神社で我々の発表会がある。是非見に来ていただきたい。先生を紹介するから・・・」

とお誘いを受けた。

(クリック→拡大)
(写真3)「世阿弥」関連書籍の一部

梅田新道支店の大切なお客様の社長から直々の話なので辞退するべくもなく「はい、承知いたしました。どうかよろしくお願いいたします」と二つ返事でこの道に入った。発表会で初めて観た謡曲の世界はこれまで体験したことのない素晴らしいものだった。マイクなしに舞台上で朗々と声を出して舞う先生の姿を見て、こんな世界があったのかと深く感動しました。翌日の月曜日に早速、原社長様にご相談に上がり、観世流の師範、吉井順一先生に即入門、師事させていただくことになった。

謡曲のお稽古を始めて25年間、「謡」「仕舞」「舞囃子」と続けてきた。お稽古が進むにつれて「世阿弥」にも興味を持ち始め、こちらの勉強も合わせてしてきた。すればするほど奥が深くなり、「世阿弥」については学べば学ぶほど世阿弥=哲学者に見えてくるのは私だけだろうか。「謡」のお稽古はもう終えましたが、今後も「お能」の観賞は諦めずに続けていきたいと考えている。(写真3)

謡曲のお稽古で私が身につけたこと

  • 喉から声を出すな。お腹から声を出すように。声とはお腹から力強く息を吐いて、その息に想いいを載せて(音)を添える。それが声なのだ。そうすると相手に響く(伝わる)ようになる。⇒これでいわゆる腹式呼吸法が身につき、このお蔭で今は健康に過ごせている。  
  • 謡本の文字を読むな。見るな。見ずに謡えるようになるまで稽古をしなさい。文脈・情景を頭に描け。そうしないと心が載ってこないから。⇒この練習は私の脳の活性化に貢献できたのではないかと思う。  
  • 舞台の上ではキョロキョロするな。目を上下、左右に動かすな。「無限」を見つめるように。⇒これで集中力が少し身についた気がする。
  • 舞台の上では姿勢が大事。頭、腰、扇は見所(観客席)から見てすべて水平な動きになっていないといけない。⇒年齢に比し私の立っている姿勢がよくなったように感じる。
  • 自分の後ろ姿を意識(イメージ)しなさい。後ろ姿が乱れていれば舞台の姿(舞)は台無しになる。⇒これは今の私の生き方に大きく影響している。

世阿弥の残した「風姿花伝ふうしかでん」「花鏡かきょう」等からも現代にも通ずる多くの気付きがあった。
「風姿花伝」から(私が同書から読取れた項目を以下に列挙)

  • 動機善也どうきぜんなりや や、私心なかりしか *本物を知ることの大事さ *人選の仕方 *部下を叱る方法
  • 生成発展進化すること(花)*不断の努力 *心の体現 *秘すれば花 *サラリーマンの人生訓 *過去の経験(失敗)を無駄にせず生かすこと *後継者の選び方等々

650年昔の世阿弥の指摘は現代でも通ずる。何も変わっていないと思う。


「花鏡」の中の1節 ‥‥「 離見の見りけんのけん 」について

  • 「舞ニ目前心後トイフコトアリ
    目ヲ前ニ見テ、心ヲ後ロニオケトナリ・・・・
    見所ヨリ見ル処ノ風姿ハワガ離見ナリ
    然レバ、我ガ眼ノ見ル処ハ我見がけんナリ離見ノ見ニハ非ズ
    離見ノ見ニテ見ルトコロハ、即チ見所同見ノ見ナリ
    ソノ時ハ我ガ姿ヲ見得スルナリ」
  • 自分がちゃんとできたと思う気持ちが自分の見方、即ち「我見」ということ
    これは見所つまり周囲の見る目、即ち「離見」とは違う
    「我見」と「離見」は同じである場合もあるかもしれないが、殆どの場合異なる
    「我見」で見ずに「離見の見」で見よと説いている

要は自分の姿を自分の想いや主観で評価するのでなく、自分を客観的に見て、正しく評価しないとダメですよということ。650年も前から今で言えば、「お客様目線でとらえよ」と説いている。

これは会社だけでなく家庭にあっても同じことが言えると思う。現代は何故か自己中心的な考えの人が多くなってきているような気がする。「自分の後ろ姿はどうか」を意識して生きることが大切だと思う。自分の後ろ姿は自分では見えないが、意識することで見えてくるものだ。われらDFメンバーはかくあらんと願う。

KDDI勤務時代(2000~2013)~「稲盛和夫」との出会い~

住友銀行員としての人生22年の後、私はトヨタ系の情報通信会社へ転籍、その後通信会社の再編が進んだおかげで私は日本高速通信(株)、KDD(株)、KDDI(株)を経て、KDDIで稲盛和夫さんに出会った。稲盛さんは古くから松下幸之助さんと交流があったし、私は幸之助さんからたくさんのことを学んでいたこともあってか、その後の稲盛さんの下での23年間は経営について全く違和感なく通信会社での人生を楽しく有意義に過ごすことが出来た。稲盛さんの出版された書籍はほとんど読ませていただいたし、京セラフィロソフィーもしっかり教えていただいた。稲盛さんからも非常に多くのことを学んだ。(写真4)
近年の「JAL再生」はさすが稲盛さんならではの大仕事、歴史に残る大偉業となった。

(クリック→拡大)
(写真4)「稲盛和夫」関連書籍の一部 (写真5)「空海」関連資料の一部

DFには2012年東京で入会させていただき、2015年からDF関西事務局のお手伝いさせていただいている。通算29年間の単身生活を終え、自宅のある西宮に戻ってからは高野山にも2回ほどお参りした。DF関西会員の増強もミッションの1つとして責任を果たしつつ、かねてから関心のあった「空海」について勉強をはじめたところである。(写真5)

今後は、今ある生に日々感謝しつつ生きていこうと思う。人生100年時代と言われている。されば残りの人生を逆算すると20数年もある。これを全うさせていただくためには、「今以上に新しいことを学び、時代の変化に遅れぬよう努力し、少しでも社会に貢献できるようにならなければ実現できない」と想いを強くした次第である。今後とも宜しくお願いいたします。エンドマーク

たにぐちかくろう ディレクトフォース会員(927) 
元住友銀行 元KDD 

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