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 2019/09/01(No.300)

「ローソクの灯りから科学が見える」

ーー 次代に伝えたい科学のこころ ーー

小林慎一郎

筆者

私は分析化学を専攻したので、入社して、化成部門に配属され、高純度シリコン中の極微量不純物を分析評価することになった。1970年代の当時としては、最先端の機器を用いて、99.999999999%(世界の人口の中から1人の泥棒を見つける確率)の高純度化合物の解析に携わった。

分析化学は、化学の中でも最も古く発展した重要な学問分野である。産業革命後は、産業のコメである鉄鋼中の不純物量で物性が左右されるところから、いろいろな元素の含有量を知る必要から、定量分析が発達した。その後、私が学んだ1970年代以降は、産業の高度化に伴う時代の要請から、極微量分析、界面局所分析が開発され、分析化学は、その後のシリコンはじめ電子材料のナノテクノロジーの隆盛を支える重要な科学技術となった。

ところで、日本語、外国語を問わず、「化学」と言う用語は、いつの時代から生まれたのか興味あるところである。考えてみると、化学以外の学問は、「学」を取っても意味を成している。医学、薬学、法学、経済学、天文学、植物学‥‥など。しかし、化学は「学」を取ると化けてしまう。何とも怪しげな学問である。現に、多くの人が「科学」と区別するために、「化学」を〈バケガク〉と俗称している。

ヨハン・フリードリッヒ・ベトガー

化学技術の起源はエジプトにさかのぼり、エジプト語で chemi は黒を意味し、化学は黒に象徴される怖い技術であったようだ。アラビア語由来の錬金術師 alchemist も、地下に潜って、鉛から金を作ろうとしてたので、中世のヨーロッパでも、chemistry には、なんとなく暗いイメージがあったようだ。ドイツのザクセン選帝侯アウグストは、中国、日本から蒐集した磁器で城館を飾っただけでなく、自国で白磁を製造すべく、錬金術師ベトガーを監禁して磁器製造の秘法を研究させた。

ベトガーは苦労の末、1709年には白磁製法を解明、翌年ついにヨーロッパ初の磁器窯マイセンを誕生させた。錬金術師の技術が無機化学、分析化学の発展に寄与したことを物語っている一例である。17世紀末以降、化学は近代的な方法論で学問としての地位を確立し、chemistry と言う言葉も暗いイメージが払拭され、生活を豊かにする科学技術の地位を確立した。

それでは、誰が日本語でケミストリーを化学と名付けたのだろうか。江戸時代の蘭学者宇田川榕庵 (うだがわようあん) がイギリスの化学者ヘンリーの「化学入門」のオランダ語訳を原本として、ほかの化学関連の著書も参考にしつつ、「 舎密開宗 (せいみかいそう) 」を著したのが最初と言われている。化学に相当する学問をオランダ語 chemie の発音シェミーから「舎密」とし、更に日本語がなかった化学系の学術用語に新しい造語を与えている。酸素、水素、窒素、炭素、酸化、還元、溶解、分析、飽和、結晶などである。

蘭学者   宇田川榕庵 「化学入門」のオランダ語訳を原本とした「舎密開宗」

しかし、なぜ宇田川榕庵が、「舎」と「密」の字を当てたかは文献には見当たらない。意味を持った当て字と思われるが、どなたかご存知なら教えて頂きたい。

また、ケミストリーを日本語で「化学」と訳したのは、幕末1861年に 川本幸民 (かわもとこうみん) がオランダ語の原書を訳した稿本に「化学新書」と題したことが最初のようである。こちらも、なぜ「化」の「学」なのか、私にはわからない。やはり、混ぜると別の物になったり、色が変わったりするからだろうか。実は明治中期まで、舎密にするか化学にするかは、学界でも大論争があったようであるが、日本化学会の前身が「化学」と決めたとのことである。一方、中国の出版物に化学と言う言葉が使われたのは諸説あり、日本と同時期の1857年とも1871年ともいわれている。日本と中国とどちらが先かは微妙であり、川本幸民らが中国の本を読んでいたかは定かでない。一般的には、その後、和製漢語として、多くの学術用語が中国に逆輸出されている。

ケミストリーを「化学」と訳した川本幸民 オランダ語の原書を訳した「化学新書」

もう一点付け加えると、「化学」のほかに、「化成」と言う言葉がある。どこが違うのか。産業界では社名に「○○化学」と「○○化成」が混在している。私は先に述べたように、会社では「化成」部門に所属した。一般に、事業では「化成」を使うことが多いが、学問としては「化学」である。三菱合資会社が三菱鉱業の石炭液化やタールなどの部門を分社化して、化学を生業とする会社を創設したのち、1936年に事業再編で日本化成工業と改名したのが、化成と言う名が社名に現れた日本初のようである。学問ではなく実業であることを明らかにするため「化学」ではなく「化成」としたようである。但し、この解釈は、私が勝手に岩崎小弥太の思いを想像したものである。化成とは中国の古書「易経」に出てくる言葉である。大変良い意味で、変化することにより、世の役に立つと解することが出来る。勿論、占いなので、正しく修業しなければ、良い方向には転化しない。まさに、企業倫理の先駆として、素晴らしい命名と言える。

マイケル・ファラデー
化学・物理学で重要な貢献をした一人
ファラデーの「ロウソクの科学」原本 岩波文庫 矢島祐利訳
「ロウソクの科学」1956版

最後に、私が化学を好きになったのは、中学生の時にファラデーの「ロウソクの科学」を読んだことからである。水素と酸素から水、炭素が燃えて炭酸、炎の色など、ろうそく1本で、いろいろなことを知った感動は忘れられない。子どもたちと理科実験を一緒にやることで、身近な科学現象の小さな発見に大きな感動を与え、子どもたちが理科好きになってくれることは、将来の日本、更には地球を支える重要な活動だと生き甲斐を感じている。エンドマーク

◇ ◇ ◇

参考とした文献は次の通り。

「岩崎彌之助傳」(1971)「三菱鉱業社史」(1976)「日本分析化学史」(1981)

「化学」Vol.53 No.10 p.14-20(1998)「化学と教育」Vol.51 No.11 p.707-710 (2003)

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