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一般社団法人 ディレクトフォース

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 2020/02/16(No.311)

異文化体験は劇薬 ⁉ でも人生には役立つ

 

山本 明男

筆者

自分の人生を振り返ってみると、異文化との遭遇が様々な場面で強く影響しているように思う。その原点は高校3年の時、AFS交換留学生として米国テキサス州で1年間ホームステイしたことである。まだ海外留学が珍しかった1970年、都会育ちの自分はテキサスの片田舎に住む男4人兄弟の大家族に加わり、ハイスク―ルのオープンな教育環境、週末には広大な牧場でキャンプやハンティング、教会の聖歌隊にも加わり、見るもの聴くものが初めてのエキサイティングな体験で、日本語なしでも1年間生活できる度胸がついた。(写真①)

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① テキサスのホストファミリーと40年ぶりに再会

大学では建築学を専攻し、3年生の夏にインターンシップでスウェーデンの都市計画事務所で1か月半研修をする機会を得た。米国留学のおかげで現地の仲間ともすぐに打ち解け、週末には欧州各地を旅し、研修後はパリからニューヨークへ飛び、ロスアンゼルスまで大陸横断バスに揺られながら米国各地を一人旅し、世界一周したことで自分の世界観が広がった。

大学卒業後は鹿島建設に就職し、最初の4年間は北海道勤務となった。初めて踏む北海道の配属先は国後島が見える北海道最果ての 別海町 べっかいちょう 、雪印乳業工場改築現場では飯場生活を経験した。しばらくすると「道内で英語が堪能なのは君だけだ」と、帯広と釧路の間にある人里離れた米国沿岸警備隊基地の増改築工事に配属となり、若輩ながら米軍将校相手に英語でクレーム折衝を担当。何事にも恐れず問題に対峙する自信がついた。

その後、海外部署へ異動となり、中東のクウェート、スリランカ、旧東ドイツ、イギリスと延べ20年近く海外駐在し、多くの建設プロジェクトに従事した。クウェートでは砂漠に建つ火力発電所建設に携わったが、酷暑の中、イスラム文化圏で働く厳しさを経験した。

スリランカでは密林を切り開き病院建設を行ったが、工事後半で民族紛争に巻き込まれ現場は1か月中断。普段穏やかな仏教徒が豹変する状況に遭遇し、近隣では放火や爆弾騒ぎもあり、現地の暴徒に囲まれ家族共々生命の危険にさらされたこともあった。セイロンの時代から長年に渡る民族闘争の歴史があり、小さな島でも異なる民族・宗教の和合がいかに難しいかを実感した。(写真②)

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② スリランカの病院建設現場で現地の子供達と

1984~1987年にかけては旧東ドイツのドレスデンと東ベルリンに駐在し、2つのホテル建設に関与した。東ドイツ政府保護下の国家プロジェクトで、仕事は順調に進めることができたが、当時の社会主義圏は監視社会。外国人は絶えず誰かに見張られ、電話盗聴は当たり前、国境出入り時はポケットや財布の中身までチェックされることもあった。英語は通じず、絶えず緊張感に包まれた生活環境は、家族にとっても相当辛いものであったと思う。冷戦時代に東西ドイツの生活を壁の両側から経験し、統制政治の厳しさの中にも、仕事を終えてから正装に着替えてオペラやコンサートを楽しむ東側の人々に、ドイツ人の誇りとゆとりを感じた。

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③ 英国留学時代の仲間と日本で再会

その後の12年間はロンドン駐在となり、これまでの海外滞在国に比べ、はるかに過ごしやすかったが、英国ならではの特有の難しさもあった。大英帝国時代の階級社会の名残からか、英国人と名刺交換すると、相手は瞬時に自分との立ち位置を感じ取り、言葉遣いや態度を変える場合もある。彼らと付き合ううちに、英国流の「建前」と「本音」があることも理解し始めた。ファーストネームで呼び合える関係になるには、職場を離れた場での付き合いが必要で、私の場合、パブでラガーやビター、ワインを飲みながらじっくり語り合い、ダーツやゴルフ、スポーツ観戦など、彼らと同じ目線で付き合い、相互理解を深めた。イギリス着任当初に社費で大学院留学と英国企業研修の機会を得たことも英国生活に早く馴染めた要因と言える。大学寮で同じ釜の飯を食べ2年間を共にした仲間は、私を同胞として受け入れてくれ、30年経った今でも交流は続いている。(写真③)

見知らぬ土地で、なぜ私だけが現地の人達とすぐに打ち解け、ファーストネームで呼び合える仲間となり、公私ともに親睦を図ることができるのか、周りの人は不思議だったかもしれません。それはハイスクール留学時代からこれまで様々な場面で異文化と真正面から向き合い、カルチャーショックを乗り越え、多様性社会に溶け込む努力の積み重ねがあったからだと思う。言い換えれば異文化対応力を体得したことで難題や修羅場を乗り越えることができたのではないだろうか。

60才の時に明治大学経営学部で「異文化経営論」を英語で教える機会をいただいた。その後、特任教員となり英語による「実践交渉学」も加わり、これまで海外体験で培ってきた異文化対応力を留学生や日本人学生に指導、紹介できることは至福の楽しみである。海外駐在に伴い訪問国は増え、最近は妻と一緒に毎年2ヵ国海外旅行している。これまでの訪問国は60ヵ国近くとなり、南極・北極を含めすべての大陸に足を踏み入れたことになる。 (写真④、写真⑤、写真⑥)

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④ 南極半島に上陸
④ 南極半島に上陸 ⑤ ガラパゴス諸島でイグアナとツーショット

⑥ モロッコ サハラ砂漠のベルベル人テントで妻と一緒に
⑥ モロッコ サハラ砂漠のベルベル人テントで妻と一緒に

若い間に語学を習得し、異文化を恐れず世界中の人達と交流することで、新たな発見があり、自分の潜在的なパワーを呼び起こすことにより、人生はより楽しく豊かになると思う。ダイバーシティ&インクルージョンの重要性がクローズアップされる現代において、これからの若者は外に飛び出し、どんどん異文化にチャレンジしてもらいたい。エンドマーク

やまもと あきお ディレクトフォース会員(977)
「DF海外旅行研究会」世話役 
明治大学 特任講師 元鹿島建設(株) 

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