( 2018年3月31日 掲載 )
真夏日が数日続いた後の突如のゲリラ豪雨に見舞われた7月18日(火)学士会館にて、171回講演・交流会が84名の参加をいただき15時から開催いたしました。
講演会は、防衛省防衛研究所 防衛政策研究室長 小野 圭司氏に『経済と安全保障:歴史と理論の視点から』というテーマで、ご講演いただきました。
講演の要点は以下の4点です。
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経済と安全保障というテーマを聞くと、多くの方はエネルギー・希少資源や食料の問題、国防支出、武器の輸出入を思い浮かべると思います。確かに冷戦前にはこれらの事象が安全保障にかかわる経済問題として大きな比重を占めていたのですが、現在ではテロ対策や軍の民営化も含めて多角的に考えるようになっています。今回は下記の4つのテーマでお話をいたします。
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防衛大学校や防衛医科大学校と同列の防衛省の組織で、防衛問題や安全保障の研究をしている機関です。
安全保障は、『天気予報』と対比して考えると理解しやすいでしょう。即ち、対象は下記のような段階に分かれています。
短期的な動向は、調査部門や情報部門が担当します。防衛研究所では、主に中長期的な課題を調査研究の対象としています。アカデミックな手法に従った研究を行っており、部外専門家との意見交換や学界での議論にも耐え得るものを目指しています。また、調査研究活動以外に、研究成果の公開等の情報発信、国防大学(40代の幹部を対象にした)相当の教育、戦史史料の保存・公開を実施しています。
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経済学でいう公共財とは、費用を負担しない者の排除が不可能である事(所謂ただ乗りが可能)と利用者が増えても追加経費が不要である条件を満たすものです。安全保障はこれらの条件を満たすため、公共財といえます。公共財はただ乗りが可能であるため、通常の市場原理に任せると十分な量が供給されません。従って、政府による供給が必要となります。
公共財の対概念が私的財で、これは市場原理で供給されます。近年、民間軍事会社の台頭により私的財としての安全保障が供給されてきています。これらの民間軍事会社は多角化、多国籍化、寡占化し、危機管理の総合商社の様相を見せています。民間軍事会社は、ソマリア沖の海賊対処にも参画しています。世界最大の警備会社のG4Sは、年間売上高1兆円、職員60万人という規模です。
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テロの原因として貧困が重要であると考えられていたので、国際機関や先進国はODAで貧困撲滅の施策を展開してきました。しかしテロに関する研究では、貧困よりも政治的動機が主な原因であることが分かっています。実際のところ富裕層出身者や高学歴者が、弱者が虐げられている世の中に矛盾を感じて、社会変革を目指してテロに走る場合が意外と多いのです(テロのロビンフッド・モデル)。
テロリストは簡易爆弾等比較的安価な費用で、防御側に莫大な警備費用支出を強いることが出来ます(『コスト強要戦略』)。何故『コスト強要戦略』が機能するかは、『確保済み利益(現在の安定した生活)の喪失は極力回避する』という行動経済学の考え方で説明ができます。テロ対策には莫大な経費(テロ被害額の約200〜300倍)がかかるものの、世論はこの支出を概ね支持しています。
総力戦と経済力
20世紀は戦争の世紀と呼ばれており、国を挙げての総力戦が何度も勃発しました。日露戦争では、日本はGNPの37%を戦費に費やし、一方ロシアのそれは7%でした。第2次世界大戦では、日本はGNPの69%を戦費に投入しました。第2次世界大戦の期間、アメリカの実質経済成長率は12%でしたが、他の参戦国は平行移動か右肩下がりでした。例えばアメリカのGNPの増加分だけで、日本とドイツのGDP合計額を上回っており、アメリカの参戦は戦争全体の行方を決定的にする意味合いがありました。
経済覇権の変遷
西暦元年では、インドや中国が圧倒的に経済力を持っていましたが、産業革命が起きて初めてヨーロッパが台頭し、20世紀には世界の経済活動の大部分をヨーロッパ、ロシアとアメリカで占めるようになりました。これは産業革命によって、先進国と途上国との間で一人当たりのGDPの格差が格段に大きくなったことが理由です。しかし経済のグローバル化に伴い、1人当たりのGDPの格差が収斂しています。世界の人口重心は現在のアジア太平洋から21世紀後半にはアフリカに移動すると見られていますが、それに伴い経済活動の重心もアフリカ大西洋に移動すると考えられます。
経済覇権:中国の挑戦
日本は、欧米のルールを所与のものとして受入れ、経済活動を行ってきましたが、中国はそのルールへの対抗を試みています。例えば中国は国連の安全保障理事国ですが、国連総会(1国1票の議決)での多数派獲得のためアフリカ諸国に接近しています。ただし世界銀行やIMFでの議決権は、大まかに言ってGDPの大きさで決まります。このため今まではGDPの大きかった西側先進国だけで議決権の過半数を占めることができたのですが、近年GDPが急増してきた中国がこれに異を唱え、GDP規模に見合う議決権を認めるよう主張しています。また、人民元をSDRの構成通貨とすることも決定しました。加えて、AIIBやBRICS銀行設設立を通じて一路一帯への資金提供もしています。一路一帯構想は、中国自身は周辺諸国に貢献する「公共財の提供」と考えているかもしれません。
経済覇権の将来展望
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20世紀後半から21世紀前半までは、アジア太平洋の時代で、その後、『人口≒国力』と考えると21世紀後半から22世紀はアフリカ大西洋の時代と予測されます。
日本では少子高齢化が進み、100年後の2115年の生産年齢人口(15〜65歳)は2015年の3分の1になってしまうと予測されています。現在自衛官定員24.7万人の自衛隊を3分の1の生産年齢人口で維持できるかということを真剣に考える必要があります。と同時にアメリカではアフリカ大西洋での経済権益が増えて、大西洋重視に変わる可能性は否定できず、その時東アジアでの安全保障という公共財は誰が提供するかという問題が生じると思われます。このため防衛研究所では、長期予報を立てなければならないと感じています。
講演終了後、質疑応答がなされました。
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(森川紀一・記 三納吉二・撮影編集)