( 11/07/05 )
2011年3月11日の福島第一原発事故は、73年の米スリーマイル島事故と86年の旧ソ連チェルノブイリ事故に続く史上3番目の大惨事となりました。社会インフラを担う公共サービス網でありながら万が一に備えての危機管理の不備があり、事後の対応にも不手際が続き、惨状に目を覆うばかりです。これは、ウラン型原発が未完の欠陥技術と知りながら平和利用を急いできたことによる人災でもあり、まさしく政治的な大儀のもとに犯してきた人間のおごりと慢心による現代文明災害です。原発の光と影はいったいなんだったのか。日本だけでなく世界の産・官・財・学の指導者がミスリードしてきた責任は大きいといえます。
これにより原子力政策はまたもや大きな岐路に立たされました。それでも原発は必要なのか、否か。現在、将来にわたる全世界のエネルギー政策を需給の面から見直すとともに、抜本的なパラダイムシフトを迫られています。
核兵器なき世界と持続可能な循環型社会の両立を目指すには、脱化石燃料にとどまらず、脱ウラン原発から再生可能な自然エネルギー産業の成熟化とともに、エネルギーの自足自給による地産地消化が急がれます。
その過渡期には、より安全で核拡散やテロ対策に有効といわれているトリウム原発の実用期がくるのでしょうか。
今回、講師には、ウラン型原発の欠陥を知り尽くしている、トリウム熔解塩炉の権威である古川和男先生に、原発の安全神話が崩れた現在、原子力の平和利用とその安全性の問題点と課題を分析しながら、エネルギー政策の今後のあり方についてお話いただきます。
ふるかわかずお 1927(昭和2)年大分県生まれ。第5高等学校理乙・京都大学理学部卒業。理学博士。東北大学金属材料研究所助教授、日本原子力研究所主任研究員、東海大学開発技術研究所教授として、「無機液体構造化学」「液体金属・熔融塩工学とその核エネルギーシステムへの応用」を手がける。日仏ロシア・ベラルーシなどの協力を得て「トリウム利用構想」をまとめ、液体燃料炉のトリウム系「フッ化物熔融塩燃料炉」をさらに単純化した「燃料自給自足型小型原発FUJI」の設計を完成させた。研究論文「核拡散防止の実効ある提言」により2006年第22回佐藤栄作賞・最優秀賞を受賞。
一般向け著書に「原発安全革命」(文春新書)、訳書「岐路に立つ原子力」(リリエンソール著・日本生産性本部)がある。
3月11日の世界観察史上4番目といわれるマグニチュード9.0の大地震により東日本一帯は壊滅的な被害を受けました。福島第一原発では、地震時の炉の緊急停止には成功しましたが、その後に来襲した大津波によってウラン粉末を固めたペレットの入った燃料棒冷却のための電源をすべて奪われ、次々に核反応が起きて核燃料自体が発する高い崩壊熱で炉は熔融しました。その結果、格納容器から出たヨウ素、セシウムなどの放射性物質によって周辺地域は汚染され、危機的状況に陥ったのは、皆さん、ご承知のことでしょう。
それにしても、今回の事故は、ウラン型原発の安全性を最大限配慮して、きびしい危機管理体制を敷いていれば防ぎえたかもしれない、まさしくその意味でも人災であるといわれます。もちろん管理体制の不手際という面は否めません。
しかし、それだけではありません。実は、どんなに危機管理をしても、現在のウラン型原発には、潜在的な危険性があったのです。福島第一原発の事故は起こるべくして起きた事故であり、それほどウラン型原発は不完全な原発だということなのです。原発の設計思想そのものに、はじめから無理がある原発といっていいでしょう。
どういう無理かといえば、ウランという固体燃料を使ったところに技術的な無理があるのです。核化学者ならだれでも同意することですが、核エネルギー炉とは本来、化学プラントにほかなりません。本来は核エネルギー炉には固体燃料ではなく液体燃料を使用すべきなのです。あの広島の原爆を完成させたウィグナーは、原子力燃料について、こう予言していました。「原子炉は化学工学装置(プラント)である。したがって燃料は液体であるべきで、フッ化物熔融塩が最適である」。さらに戦後、オークリッジ研究所のワインバーグが、この「ウィグナー構想」のもとにトリウム系「フッ化物熔融塩燃料炉」の基礎開発を成功させています。そして、この原子炉が、このまま戦後の世界のエネルギーの中心になるはずでした。しかし、これが利用されることはありませんでした。
固体燃料のウランを使用して石油や石炭をウランに置き換えただけの火力発電の原理でつくった原子炉、それが今のウラン型原子炉ですが、これが選ばれ、トリウム系「フッ化物熔融塩燃料炉」の原子炉は実験の成功をみたまま、実用化されずに姿を消したのです。1976年、フォード大統領の政治決断によって、教科書からも「トリウム系フッ化物熔融塩燃料炉」という、その名は消えました。
なぜ、技術的な無理を承知で、火力発電原理の未完のウラン型原子炉を選択する必要があったのか。それは当時の冷戦構造と無縁ではありません。
ウラン型原子炉では、ウラン235の核分裂によってプルトニウムが生まれます。プルトニウムは核爆弾という核兵器の材料となるきわめて危険な放射性物質です。今では、世界中がその処理に困っていますが、1960〜70年の冷戦時代には、イザというときに核兵器となるプルトニウムが必要だったのです。
日本ではそのプルトニウムは核兵器のためには利用しない、平和利用するとして安全神話を築き、原発を推進していったのです。
しかし、福島第一原発の事故は暗にこのようなことを私たちに教えました。今までのウラン型原発は科学技術の本性を捉えたものではなく、だからこそ、このような形で衰退していく、そして、これまでの原発とは原理が異なるトリウム熔融塩炉、すでに50年前に骨格ができていたトリウム熔融塩炉発電が注目を浴びるようになったのは自然の成り行きだったのです。よりより健全な核エネルギーの道を探し再出発しようという、神の啓示なのかもしれない、ということです。
ここで簡単に現在のウラン型原発事故の原因と問題点を述べておきます。福島第一原発は固形燃料を使用した技術的な事故だけではなく、以下のようなウラン原発がかかえている問題に蓋をしてスタートしたところにも問題が生じています。
では、新しい原発、「トリウム熔融塩炉」(ここでは簡単にトリウム型原発という)とはどのような原発なのでしょう。
今までのウラン型原発とトリウム原発との大きな違いは3つあります。
固体燃料では核反応などで変質・破損・熔融して事故を起こしやすく、熱を取り除くために冷却媒体が必要とされます。また燃料管理や核分裂反応後の生成物(プルトニウムなど)の除去がむずかしいという問題があります。
しかし、液体燃料なら、それらの技術的な困難さをほとんど解消できるのです。液体燃料を使用する場合は炉心構造が単純なので、固体燃料のような複雑な作業の大部分が必要でなくなり、運転・保守作業は簡単で、建設・諸経費も改善できます。
ただ、液体燃料の欠点としては、液体による炉の容器壁材料の腐食などいくつかが考えられます。しかし、安定した液体で放射能を浴びても変質・破損がない熔融塩を使用し、これに、トリウムを溶かし込んで使う熔融塩炉にすることよって解決することができました。それも熔融塩として安定した最適なフッ素、リチウム、ベリリウムから成るフッ化物熔融塩を溶媒に使用することによって、欠点をカバーすることができるまでになったのです。
トリウムは世界に広く分布しています。残念ながら日本にはありませんが、世界各地に分布し、埋蔵量が多く、今でもウランより3〜4倍も多いとされます。トリウム型原発が本格化して資源発掘が進めば、その埋蔵量はさらに増すかもしれません。しかも手ごろな価格で入手できるでしょう。
また、トリウム型原発に使用されるトリウム232そのものには核分裂を起こす性質はありません。しかし、これに中性子を吸収させるとウラン233になり、これを火種として核分裂を起こさせ、そのエネルギーを利用することができます。これがトリウム型原発です。トリウムより質量が軽い物質だとエネルギー利用が不可能になるので、ウランに変わる核分裂を起こす性質をもつ物質は、ウラン以外には、さしずめトリウムしかみあたらないのです。しかも、トリウムの使用は、核分裂後に、核爆弾の利用が警戒されているプルトニウムなどの放射性廃棄物が生じる可能性は無視できるほど低いのが特徴です。
トリウム型原発は縦横(直径)4〜5mの小さな設備でよいので、エネルギーを必要とする地域ごとに設置することができます。地産地消によりエネルギーを確保できるのです。小型でもより安全で効率的で放射能廃棄物処理もでき、小型だからこそ経済的で工場生産も可能です。
そもそも原子力発電というのは、原子炉の中で、原子核に他の核子(陽子・中性子)を衝突させて他の原子核を生成させる原子核反応によって発生するエネルギーを発電に利用する方法です。
このとき、核の反応には核融合と核分裂がありますが、核を融合させるよりは核を分裂させるほうが異常に大きなエネルギーを獲得することができます。
そこで核分裂を起こしやすい限られた原子核、たとえばウラン型原発の場合は、ウラン235に中性子をぶつけます。するとウラン235は中性子を吸収し、そのため、ウラン235は不安定な状態になり、安定を求めて核分裂を起こします。そのときに2個以上の中性子を生成し、これがまだ分裂していないウラン235に吸収されて連鎖的に核分裂を起こしていきます。こうした核分裂の間にエネルギーが生成されますが、このエネルギーを発電に利用するのです。原子力とは、まさに中性子の連鎖的化学反応といってもいいでしょう。
この核分裂が連鎖的に継続できるようにコントロールしていくことを「臨界」といい、また、そのプロセスでプルトニウムなどの放射性廃棄物が生まれます。因みに、コントロールがきかずに暴発的に起きる連鎖反応を利用したのが原爆です。
トリウムの場合も同じように中性子が入って、トリウム232が中性子を取り込んでウラン233に変わって核分裂を起こし、連鎖的に反応を継続させていきます。ただし、前述のように、そのプロセスでプルトニウムなどの放射性廃棄物が生まれる率は非常に低く、もし生じても、プルトニウムもトリウム系熔融炉内で有効に燃やすことができるので、むしろ、プルトニウムを消滅させるためにはトリウム系熔解塩炉に入れるとよいのです。
このようなトリウム系熔融塩炉はアメリカのオークリッジ研究所で体系的な研究がすすめられ、実験が行われてきました。1965年、熔融塩実験炉MSREは臨界に達し、1969年12月までの実質3年半、なんの事故もなく運転実績をおさめ、全試験計画を完了しました。私も1968年末に、このMSREを見学しています。このときは静かに稼動していました。
しかし、アメリカでは政治的理由からトリウム型原発ではなくウラン型原発が趨勢となり、トリウム型原発はほとんど見向きもされなくなりました。多くの研究者は鬼籍に入り、多くの研究資料だけが残されました。
こういう中で私たちは、大きな後ろ盾もなく、ひたすらこの半世紀、トリウム型原発を研究してきました。20年ほど前にはほぼ原型ができていましたが、その1つの成果が、燃料自給自足型小型原発FUJIの設計です。
今後、世界で使われるためには、設備や作業が大変な大型のウラン型原発に対して、小型のトリウム型原発の開発が必要です。そこで私は、構造・運転・保守のすべてを単純化し、20〜30kWの小規模型発電とし、工場で生産可能な理想的な原発を追い求めました。こうして完成したFUJIは、ウラン型原発にかわって世界展開できる実用炉だと自負しています。
燃料自給自足型小型原発FUJIの構造を簡単に説明すると、炉本体は4〜5mのタンク状になっています。炉の中は、融点が4000度で、熱伝導率が高く、中性子がぶつかっても破損しないむき出しの黒鉛(炭素)が90%以上を占めています。この黒鉛は次々に核分裂を起こす中性子のスピードを抑える(減速する)はたらきをしています。
この黒鉛は炉の寿命がくるまで取り替える必要はなく、もし地震などの災害やテロなどによる炉の破壊という非常事態が起きたときには、炉の中に入っている数本の黒鉛制御棒(調整棒ともいう)を抜けば、中性子減速が弱まり、炉は止まります。今回のウラン型原発のように、コントロール機能を失い、冷却水の不足から、メルトダウンを起こすようなことはないのです。
しかも、黒鉛を取り替えないために、塩の流量を調節して発電の出力を低く抑えると、ウラン233への転換率が高くなり、使用した核燃料を炉内で自給自足することができるようになるというおまけつきです。
燃料自給自足型小型原発FUJIについて、その安全性、非核拡散性、化学処理核廃棄物対処性、経済性をまとめると、次のようになります。
燃料自給自足型小型原発FUJIを稼動させ、発電量をふやすためには、火種となるウラン233を増殖させる中性子が必要です。トリウム232に中性子を吸収させて、火種のウラン233をつくり出すためです。
この火種を効率的につくり出すためには、増殖発電炉が必要になってきます。ウラン型の場合は、ウラン-プルトニウム核燃料サイクルによる「もんじゅ」のような高速増殖炉が用いられています。トリウムの場合もかつてはトリウム-ウラン核燃料サイクルが構想されていました。しかし、私は、同一炉で増殖と発電を担うのは技術的に無理があることに気がつきました。
そこで考え出したのが、発電と増殖を分離して、燃料自給自足型小型原発FUJIとは別に、核燃料増殖専用の施設をつくることでした。
核燃料の増殖には、核分裂、核融合のほか、核スポレーション反応というのがあります。この中で、中性子を入手するためには、核スポレーション反応が有効だと考えたのです。この目的のために、元・日本原子力研究所の故塚田甲子夫、中原康明氏の協力のもとに発明した「加速器熔融塩増殖炉」を使用し、この発電と増殖からなるシステムを「トリウム熔融塩核エネルギー協働システム」として設計。現在、実用化をめざしています。
この実用化によって、とくに、これまで高レベルの放射性廃棄物は消滅処理で100万年の問題といわれていたのが、100年問題になるのは大変、喜ばしいことです。廃棄物の発生量一つをとってもウラン型原発とトリウム型原発とでは「1万倍の差異」があるのです。
*トリウム熔融塩核エネルギー協働システムの実用化ロードマップ
これまで、私たちは日・米・ロシア・チェコ、その他世界中の協力者と研究をすすめてきました。とくに、現在ではチェコの求めに応じて実用化計画をすすめています。
実用化のためのロードマップをお話しすると、
2011年8月末に「トリウム熔融塩核エネルギー協働システム」計画案を完成させて、9月に公表します。
実験炉「miniFUJI」約1万kwは300億〜500億円の予算で、今から7年後の2018年に臨界を達成し、ついで、実用炉「FUJI」10万〜30万kwの小型原発を1500億円くらいまでの予算で、今から12年後の2023年に臨界を達成する予定でいます。
その間に、「加速器熔融炉塩増殖炉」を完成させようと考えています。
研究を始めて50年、お金はついてこなくても自由が保障されて好きなように研究生活をしてきた成果がようやくあらわれてきました。孤軍奮闘の時期を経て、84歳にして、大きな夢がさらに膨らみました。ウィグナー、ワインバーグの教えが活かされつつあるのです。「生きているうちに実現させましょう」と、みなさんにいわれます。嬉しいことです。ほんとうに生きて完成を見たいですね。
福島第一原発の事故以来、脱原発、反原発の考えが広まっています。そのためにはみなさん、大規模停電もいとわない、節電にも協力するという覚悟で臨まれています。
しかし、もう少し突っ込んで核エネルギーについて考えてみましょう。
今まで、日本の発電量の30%は原子力発電に頼ってきました。電力需要が低くなる正月には90%が原子力発電でまかなわれます。この現在のウラン型原発は、お話したように未完の原発であり、技術的にはいい加減であり、そもそもスタートから間違っていました。しかし、そうはいっても、原発は、私たちの生活や産業に大きな影響を及ぼしており、今すぐ原発を止めたら、日本の社会は立ちいかなくなるでしょう。
太陽発電や風力発電、地熱発電など、自然エネルギーを利用しようという声もあります。実際、太陽からは、現在、人類が使用している総エネルギーの1万倍ものエネルギー量が注がれており、地球を暖めています。この地球環境にもよいクリーンなエネルギーを利用しない手はありません。将来的には自然エネルギーがおそらく主役になるでしょう。
だとしても、現在、自然エネルギーの技術は私たちの生活や産業をまかなうほど十分には育っていません。かといって、石油・石炭などの化石燃料は、埋蔵量についてはかならずしも心配はしていませんが(埋蔵量とは地球の表面から地下1㎞を掘ったところまでに存在する資源埋蔵量の1万分の1をいい、実際にはもっと多いはず)、二酸化炭素排出量や化学汚染の問題があります。これ以上期待できないのが現状です。
こうして考えてみると、当面は、どうしても核エネルギーに頼らざるを得ないのです(それに自然の太陽エネルギーといっても実はこれは核融合による発熱で正確には核エネルギーですよね)。
しかし、未完のウラン型原発の問題点がこれほどまでに表面化し、その放射線物質による汚染が実際に問題になっているのです。今まで通りの原発を継続するのは無理があるでしょう。地球環境を守るためにもよろしくありません。
そこで、私は、このウラン型原発の代わりに、少なくとも天才が現れて自然エネルギーが実用化され、主流となる今世紀末から来世紀くらいまでは、トリウム型原発、正式には、トリウム熔融塩核エネルギー協働システムを急いで設置して利用することを提案したいと思っています。
これなら、安全性も、放射性廃棄物質処理も、非核拡散性の面でも、経済性でも、ウラン型原発よりはるかにすぐれており、時流にかなったものと思います。
今から準備して設置すれば、トリウム型原発により、今世紀中ごろには世界電力の半分くらいの供給は可能になるのではないでしょうか。そして、技術が育ってきた自然エネルギーと100〜200年くらいかけて交替していけばよいと考えています。
それによって、地球の環境を改善し、多くの人に多くの産業に電力がいきわたり、経済が回って世界の貧困を打破し、貧困や民族対立からくるテロリズムなどの解消にも役立ってほしいとひそかに考えているのです。
太陽から人類が必要とするエネルギーの一万倍が降り注いでいます。
これをどう活用するかが人類にとって最も大事な課題です。早晩、太陽光発電も天才が現れて、画期的な新技術が生まれてくると思います。トリウム方式は、それまでのつなぎの発電として有効なのです。
以上
写真はネットより転載