第19クール企業ガバナンス部会

第7回月例セミナー講演概要

2024年4月8日
日時
2024年3月12日(火)14:00~16:00
場所
スタジオ751+Zoom
講演者
今井 祐 会員(317)元富士フイルム代表取締役副社長、現日本経営倫理学会常任理事
テーマ
「ダイナミックケイパビリティ論とは何か?
~富士フイルムの驚愕の変身とフィルムの巨人KODAKの凋落~」

講演概要:

はじめに

  • 本日使用するレジュメは富士フイルム(以下、FF社と呼ぶ)から提供されたものと、今井が作成したものとが混在している。従って、著作権は Copyright by Tasuku Imai&FUJIFILM. All Rights Reserved となっており使用に当っては両者の許可を取っていただきたくお願い申し上げます。
  • 講演者の著書(2014・2015・2016)でFF社とKODAK(以下K社と呼ぶ)の明暗を明らかにしてきた

FF社の経営改革の発端はカラーフィルムの世界需要の急激な減少

  • 銀塩フィルムの世界需要は2000年度がピーク、日本では先行して1993年がピークで急減
  • 世界のカラーフィルムの2000年におけるマーケットシェアは、おおよそK社60%、FF社30%、KONICAMINOLTA 7%(撤退)、Agfa 3%(撤退)
  • K社とFF社の売上高比較:1993年にK社の CEO に就任したジョージ・フィッシャ―は、自社の事業を相次ぎ売却し2001年には以前の半分に。一方FF社は、2001年に FUJI XEROX 株式を25%買い増し75%とし、2002年には連結会社としてK社の約2倍の売上高となった。(フイッシャ―氏とは、後に講師が KKR Japan に勤めていた時に、奇しくも後から KKR 米国に入社し再会したとき彼は紳士に変わっていた。)
  • キャッシュフローもK社は常にマイナス(コスト高、カラーフィルムへの投資継続)。相次いで複写機、医療、有機ELの各事業を売却し、その売却益を主として自社株買い等に使用し財務基盤を脆弱なものにした。

ダイナミックケイパビリティ論とは?

  • 米カルフォルニア大学 D.J.ティース教授が2013年に提唱した経営戦略論
  • 「ダイナミックケイパビリティ」とは、「企業が経営環境の変化に適応し、自社の事業や組織を変革する能力のこと」その構成する要素は、①感知、②捕捉、③変容の3つ。
  • FF社が自社の変革をダイナミックケイパビリティ論に後付けすれば、①感知力(脅威を評価する能力):「敵はK社ではなく、デジカメメーカー(一眼5社)」(1992年当時の大西会長)、②捕捉力(社内外資源の結合・再活用):「M&A の資金を確保せよ」、「キャッシュフロー経営 ROE → ROA」、③変容力(持続的な競争力の強化):1992年液晶部材事業の立ち上げ

FFの変身「第二の創業」:古森重隆CEOの仕事

  • 2006年経営理念 (Quality of Life)、ビジョン(企業文化の醸成)、ブランド(Value from Innovation)、ロゴ FUJIFILM
  • 2007年中期計画 (Vision75)、意識改革 (Slim & Strong)
  • 液晶部材事業拡大、医薬品事業、化粧品事業、光学モジュール事業等への新規参入
  • 2006年、先進研究所の設立と新規事業関係 R&D の強化
  • 技術の棚卸:経済学者Ansoffの成長マトリックス活用+3つの視点(成長市場か?、技術はあるか?、競争力を持てるか?)を組み合わせて実施した。
  • 事業ポートフォリオの源泉:写真フィルムから、①薄層高速塗布、②高純度ゼラチン、③TAC フィルム(液晶パネル)が生み出された。そして成長事業分野(ヘルスケア、グラフックシステム、デジタルイメージング、光学デバイス、高機能材料《含む医薬品》、ドキュメント)へ資源集中投入し育成して行った。
  • 結果、新規・成長事業分野である「ヘルスケア事業」は全体の営業利益の約半分の1,120億円を、「ビジネスイノベーション事業」は780億円を、「イメージング事業」は880億円を稼ぐまでになった(2023年度見込み)

KODAKの凋落の原因 (filed Chapter 11 in 2012)

  1. 事業開発力不足:世界に先駆けてカラーフィルム、デジカメ、有機ELを開発し研究開発力は抜群だったのに、その後の事業推進力不足から売却乃至撤退。インクジェットプリンターの事業化にも失敗。
  2. コスト管理不在・資金力不足:高人件費(特に年金費用)、甘い経費管理、各事業売却資金を株主還元に優先し財務基盤を著しく脆弱化させた。
  3. コーポレートガバナンス上の問題点:①経営理念の前文に株主第一主義を加えた、②取締役会の構成(内部出身者1名 (CEO) +全員独立社外取)で、自社の事業が分かる人不在(結果、有望事業を全て売却)、③短期業績主義、④ ROE 等中心主義、⑤外部招聘 CEO 選任の失敗

変身に成功したFF社の現状と将来

  • 目指す姿:「先進・独自の技術をもって、最高品質の商品やサービスを提供することにより、『事業を通じた社会課題の解決』に取り組み、サステナブル社会の実現に貢献する」
  • 脱炭素目標:2030年度に2019年比50%減
  • 社会課題解決 (SDGs)

Q&A

Q1:
「第二の創業」が成功した要因はどこにあるとお考えですか?
A1:
経営陣のリーダーシップもさることながら、先ず第1に従業員が経営陣について来てくれたこと。2度に亘り延5,000人のリストラがあったにもかかわらず協力してくれたこと。そして、第2に株主が忍耐強く我慢してくれたこと等でしょう。
Q2:
FF社の「第二の創業」のベースとなった基盤技術の棚卸をした際、将来のありたい姿からバックキャストして R&D を展開されたのでしょうか?
A2:
以前はK社の背中を必死に追いかけていて、バックキャストの考え方など無かった。当時はこの技術で何ができるのか? というフォアキャスティングの考え方であった。
Q3:
世界ではグローバル化が進んでいますが、日系企業では海外子会社のトップはいまだに日本人が多いし、日本企業の外国人トップも僅かしかいないし成功していない。なぜでしょうか? またどうすれば多様化できるのでしょうか?
A3:
それは言語(日本語)とものの考え方(島国根性)の問題でしょう。コミュニケーションの難しさが壁になっている。
Q4:
過去に5,000人のリストラを実施したとのことですが、リストラせずに全員一律に給与水準や待遇面のレベルを下げる方法もあるはずでしたが、どうしてその方法を採らなかったのでしょうか?
A4:
そういう考えもありますが、当社の場合はそういうやり方を採ると、活気やアグレッシブさが無くなって改革が成功しないと考え、採用しませんでした。
Q5:
「会社は誰のものか?」という議論から、当然株主第一主義に至る。しかしFF社の場合、従業員の強い協力と株主の我慢を基に変革を成し遂げたので、そうでないと見えるが?
A5:
株主だけではなく、各ステークホルダーをバランスよく大事にしなければならない。
以上(平井 隆一