2010年にコダック社の研究開発のライバルだが親しい友人から特別講演@学会の依頼があったので、これを私のメッセージを後輩達に伝える機会にしようと思った。当時、アナログイメージングからディジタルイメージングへの移行がホットな話題だったので、「ディジタルイメージングの更なる飛躍には生態模倣への挑戦が必要」と言う極めてラフな仮説を踏まえた特別講演「Challenge to Digital Imaging "Past, Present and Future"」@ The 31st International Congress on Imaging Science (2010年)を纏めた。
(注:人間を含む動物/昆虫の優れた視覚能力の生態模倣は、極めて困難だが魅力的な課題である。)
講演資料作成の際に読んだR. Kurzwellの「ポストヒューマン誕生 “コンピューターが人類の知性を超えるとき”」を読み、偏った根拠に基づく彼の学説に強い違和感を覚えた。
(注1:当時、「2045年が人類の知性を超える」との彼の予測が、世間に蔓延していた。)
(注2:「極めて多様な人間の知性を定義出来る?」が、素朴な私の疑問だった。)
この学会は中国で開催されたので、講演後の晩餐会における私の講演に対する中国の学生達からの沢山の質問を懐かしく思い出した。
その後、“IBMのAIを搭載したワトソンの米国のクイズ大会での優勝 etc. ”によりAIが何度目かのハイライトを浴び始めた。ワトソンに関する講演を聴講した時の小生の質問「ワトソンの実現に貢献したのは、AIの技術の画期的なブレークスルー or コンピューター計算力の向上のどちら?」に対するIBMの講演者の回答は、私の予測通り“後者”だった。
この回答を聞き、「“AIが人間を超えた”との報道に多くの人達が惑わされている事態は、非常に不味い」そして「下記点の共有@社会が妥当だ」と私は考えた。
- “AIの強み/弱み”および“人間の脳の強み/弱み”を明確にする。
- 「“AIの強み”で“人間の弱み”を補う」というAI開発の目的をIT業界で共有する。
しかし、私の考えにしっかり沿う報道に出会ったことは、少なくとも今までなかった。
下記のようなAIに関する報道が、「多くの人達を戸惑わせているのかな」と私は思う。
- AIが人間を超えるだろう。
- AIが人間の職業をドンドン奪うだろう。
- 囲碁 etc. でAIがプロに勝ったので、本格的なAI時代が到来した。
- ある日本の哲学者が、「AIが哲学の分野で活躍するだろう」とコメントした。
- 日本のAI学会が、「“人間と同様の倫理性遵守をAI義務する”ための検討必要である」と発表した。
これらがきっかけとなり、私なりの仮説を踏まえて、私はAIと人の脳に関する著書や記事を読み始めた。
設定した仮説(サーフボード)を踏まえて様々な良き著書(良き波)を求めるスタイルの読書を Book Surfing と私は命名した。私が最初に遭遇した波は、雑誌Timeの記事(March 7,2016)だった。“両刃の剣であるAIのデメリットを最も軽視するR. Kurzwellの見解”と‟AIのデメリットを最も重視するE. Muskの見解”の間の‟AIに対する多様な見解”は、小生にとって新鮮な驚きだった。この記事の中で、最もフェアにAIを捉えていると思われるD. Gelernterの著書「The Tides of Mind」をまず読む事にした。コンピューター科学者の彼は、コンピューターと人間の脳を対比するために心理学を学んだ。彼の見解「‟時々刻々、脳の状態が変化する”/‟脳は、睡眠中に得た情報を編集する”という脳の特徴をAIが、生態模倣するのは不可能である」に納得し、「私のラフな仮説とも整合するのかな」と思った。‟雑誌TIMEの記事”と‟The Tides of Mind”に触発されて、産総研のAI研究のリーダーと意見交換を行った。「AIは人間を超える」と力説する彼に対して、「あなたは人間に関心を持つべき」と私がアドバイスすると、彼は真っ赤な顔をして怒りを顕わにした。これが、Book Surfing に対する私の想いの更なるヒートアップに繋がった。
下記が、Book Surfing 前の私の仮説:
人間の脳:
- 脳は、感情/知性/スピリチュアルの領域を持っている。
- 上記の領域が、互いに相互作用する。
- 知性の領域は、知識/知恵/直感をカバーする。
- 知性の領域において知識/知恵/直感が、互いに相互作用する。
- 上記の3個の領域間の複雑な相互作用が、個性の根源である。
- 脳は、少量の情報をベースに考察&判断する。
AI:
- AIは、知識と知恵の一部の領域をカバーする。
- AIは、大量の情報をベースに考察&判断する。
まとめ:
- AIは、人間の脳の機能の全てをカバーできない。
- 人間は、AIの機能の全てをカバーできる。
-
AIは、人間の一部の機能をすでに超えている。
(注:AIを搭載してないコンピューターですら、人間の一部の機能を超えている。) - AIは、人間の脳の弱点を補える。
下記が、人間の進化継続に繋がる行動指針に関する私の案:
(注1:「“環境変化を克服した生き残りを可能にする進化”には“進化に対する生物の意志/志”が必要‼」との学説もある。これは、“偶然の変異に基づくダーウィンの進化論の弱み”を突いた学説である。)
(注2:この学説は、人間の更なる進化への挑戦の励みとなる。)
- 少量の情報を踏まえた仮説構築を重視する。
- 良き人との出会い&良き情報との出会いを重視する。
-
実体験を重視する。
学び/気付きの充実度:実体験>>仮想体験 -
心と心の共感を重視する。
相互リスペクト/相互理解の充実度:対面型対話>>非対面型対話
16人の多様な分野の著書を読み、下記点に気付いた。
- Book Surfing 前の私の仮説の変更は、不要である。
- 人間の脳とAIに対するより深い理解には、多様な分野の専門家達の協働が必須である。
- 「“半導体とアルゴリズムから成るAI”による“化学反応/電気化学反応が重要な役割を演ずる人間の脳“の模倣に関する学説」に出会えなかった。
-
2つの専門分野をカバーできる著者の本の内容が、示唆に富んでいる。
- D. Gelernter(コンピューター科学&心理学)の「Tides of Mind」
- 長尾真(情報科学、哲学)の「人工知能と人間」、「“わかる”とは何か」
- 茂木健一郎(物理学、脳科学)の「クオリアと人工意識」
「“AIに関する日本の報道に惑わされた日本の若者達の萎縮”が、彼らの成長の阻害する」と私は感じているので、「私の仮説を踏まえた“人間の脳 vs AIに関する考察”についての意見交換@出前授業」を折に触れて実践している。
「AIの素人の私の仮説が、若者達に悪影響を与えるかも」と懸念していたので、「彼らにとっての新鮮な学び/気付きが、彼らの成長への挑戦を後押しする」と彼らのコメント/質問から感じて、私は安堵した。
いけのうえ しんぺい(859)
(元 富士フイルム)
(授業支援の会)