オンデマンド出版のお勧め

メンバーズ・エッセイ
撮影:神永 剛

2024年7月1日 (No. 416)
秋山 哲
秋山 哲

自作小説三作目を三月に出版した。小説など全く素人の人間が恥ずかしげもなく二年おきに一作発刊を敢行している。

今回の作品のタイトルは『金吾の黒』である。太平洋戦争終戦から間もなくの京都を舞台にしている。旧制女学校の同級生の世界で起こった自殺がテーマになっている。そこに到る経過と、かかわりのある二人の男の物語で、三十三年後に再会する二人がこの自殺を理解するために、どのように行動し、どう対処したかを突き詰めあう。ちょっとミステリー仕立ての小説である。

2020年に出した第一作は『耳順居日記』で、明治維新政府の廃仏毀釈政策で「需要蒸発」の直撃をうけた京都の法衣商の苦闘と、どのように乗り切っていったかを語る物語であった。

2022年の第二作は『南進の口碑』。太平洋戦争中に日本の国費で留学してきた東南アジアの青年たちを取り上げた。広島で原爆死する二人を含む彼らが日本をどう見たか、戦後、国に帰った彼らが日本とどのようなかかわりを持ったか。史実をベースに日本と東南アジアの関係を考えるのが内容である。

金吾の黒 檜 節郎

今回は、二作、三作とまったく別の世界、別のテーマを描いている。

しかし、三つの作品共通の大きな特色は、「出版社」というものを介在させていないことである。素人の小説を出版してくれる出版社などはもともとない。自費出版を出版社に依頼すると100万円以上の費用がかかる。どうするか。

私は、アマゾンが展開している「オンデマンド出版」を、三回とも利用している。出版経費は事実上ゼロで出版が可能で、アマゾンを通じてひろく販売ができる、という方式である。

この方式の概要を説明しよう。

入り口は、インターネット上で見つけられる「パブファンセルフ」である。パブファンセルフが提供するシステムに従って作業していけばよい。パブファンセルフのユーザーガイドというものがネット上に公開されている。これは結構大部なもので、初めて取り掛かるときには面倒ではある。しかし、このガイドの内容を頭に入れておかないと制作はうまく進まない。

パブファンセルフの会員登録をすることが第一歩である。登録は無料。

原稿は、パソコンで普通に作成していけばよい。出版する書籍の版型を、A4とか、新書版だとか決めて、その版型のテンプレート(ひな形)に原稿を流し込む。私は文芸作品用の「四六版」というテンプレートを使っている。テンプレートもネット上で見つけることができる。

テンプレートに流し込めば、パブファンセルフで原稿登録をする。後は表紙制作である。これもユーザーガイドのいう通りにすればよいのだが、私はいつも表紙制作で難渋する。美しいデザインの表紙を目指そうと考えると、これは難しい。私のようなAI音痴ではちょっと無理なところがある。したがって、私の小説の表紙は常に白地にタイトルだけの簡単なものにせざるをえない。しかしこれがシンプルでよいデザインだと評価してくれる人もある。

これらの作業が終わると販売価格の設定である。これはアマゾンの規定に従って決める。大雑把にいうと、一冊ごとの発行、流通にかかわるアマゾンの経費を賄い、幾分かの著者報酬をオンする形になる。例えば、私の今作は2200円の売価で、一割ほどが手取りになっている。あとは全部アマゾンの手取りである。アマゾンはこの手取り分で印刷、製本などの必要経費を賄うのだ。

この一連の作業をするにあたって著者が負担する経費はゼロである。なぜか。オンデマンド出版は買い手が現れて初めて経費が発生する。アマゾン側もそれまでは経費ゼロである。アマゾンは作り置きも在庫も持たないのだから、システム維持の経費はあるとしても、私の作品の買い手が現れるまでに全く経費が発生しない。買い手が発行、流通にかかわる一冊ごとの経費は全部負担してくれて、アマゾンと著者には利益だけが残る、というのがオンデマンド出版である。一冊も売れない書物であっても損を被る人は一人もでない。

これは完全な「出版の自由」を意味するシステムである。アマゾンは出版物の内容に全く干渉しない。小説であれ、論文であれ、句集や歌集、あるいは写真集、さらには社史、家史の類であれ何でも「無検閲」で出版できる。しかも、著者側にも、発行、流通側にも、損失はどこにも発生しない(アマゾンでの販売をしない方式も用意されている。しかしこちらの場合は印刷経費などコストを全額著者側が負担する)。

情報、出版の自由がデジタル化によって進んでいる。新聞社、出版社といったメディア企業による「ゲートキーパー機能」、つまり、自由な情報流通を妨げると考えられてきたものの力が弱体化しているが、オンデマンド出版はその点で究極の出版方式ということができる。もちろんデジタル本は出版に付きまとう物理的制約を取り払う。しかし、自分の意見、主張を誰でもが費用なしに形あるものとして展開できる(買ってくれる人がなければならないが)時代が来ているのである。私の今作からはアマゾンだけではなく楽天ブックスでも販売されていて、この方式が拡大しつつある。

付言すると、今回から私の出版物は神田神保町にある「ほんまる」という新しい書店でも販売している。この書店は、著者や出版社に棚を貸してくれるのである。入会金を払えばだれでも書物を販売できる。価格設定も出品者の自由である。書籍販売面での自由化の一つの方式である。

DF会員の皆さん方にこれらの方式をぜひおすすめしたいと思っている。私のようなIT技術にうといものでも可能なこういった方式が普及することが情報自由の世界を築く重要なステップになると考えるからである。

以上

あきやま てつ(544)
(元 毎日新聞社)