地方創生支援を活動テーマの一つとしていた観光立国研究会は、2020年12月に宿泊業の活性化を通じて地方創生の支援を目指す日本宿泊業支援機構(JALF)との間で業務提携を結び、地方創生推進交付金の活用による町おこしを自治体に提案することとした。
モデル事例を作るため、私の故郷で前年に観光立国研究会として視察旅行を行い、山野町長(当時79歳)との面談も行っていた岡山県矢掛町をターゲットとしてアプローチすることとした。議会開催中の忙しい時期だったが、12月9日に町長の時間が取れたのでJALFの伊藤事務局長と二人で訪問し、当該交付金活用による観光推進の施策(2021年4月~2024年3月)を提案した。
矢掛町は岡山県の南西部に位置する人口1万4千人弱の町で、江戸時代より旧山陽道の宿場町として栄えた。街並みは重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けた古民家が整然と並び、本陣と脇本陣の建物も共に現存する全国で唯一の自治体である。主たる産業は農林業で住民の高齢化が進み(高齢化率39%)若者の流出に悩んでいた。町のメインのイベントは50年続く、毎年11月に実施する大名行列である。4選を果たした町長は町の職員から通算60年矢掛町に貢献してきた御仁で行政の実務、財政に精通していて各種補助金を活用した企業誘致や、農村振興、観光インフラ整備に実績を上げていた。町財政は公債比率も低く健全で、町は2015年には観光元年宣言を発し、観光推進による町おこしを目指して中心街の電線の地中化に続き、水戸岡鋭治氏デザインの道の駅庁舎の完成を21年3月に控えていた。
当該交付金は観光推進のソフト事業に活用できる交付金で、3年間で140百万円の事業までが殆ど自治体の実質負担なしで実施できることについて説明した。説明を聞いた町長はこの交付金への認識が違っていたと驚き、担当者を呼び当該交付金に関する通達内容を確認し、裏負担の仕組みを理解して即決で交付金申請を決断された。財政規模が100億円程度の自治体にとって年間40百万円を超える資金が使えることのインパクトは大きい。即刻岡山県に連絡し、矢掛町が12月の締切までに申請書を提出する意向を伝えた。
申請書作成は伊藤事務局長が原案作成を担当し、産業観光課長が矢掛町の実態との整合性チェックを行った。申請書内容について県と何度かやり取りがあり、1月中旬に審査をパスして内閣府に提出された。内閣府審査は形式審査と聞いていたが、3月中旬になっても採択通知が届かず、町側では事業計画も進められずヤキモキした日が続いたが3月末にようやく待望の採択通知が町に届き交付金事業が正式にスタートした。
事業の運営は町が受領する交付金を、補助金として「やかげDMO」を中心にして新たに設立した「地方創生推進事業協議会」に渡す方式とした。事務局も含めた協議会委員には観光関連事業に従事する町内企業代表者、転入者及びJALF関係者が就任してバランスを取るように配慮した。
しかしスタートしてみると地元民とよそ者では事業の進め方についての意見の相違点も多く、コミュニケーションも進まず役割分担の決定に時間がかかった。この状況を見かねた町長から調整役として顧問就任を依頼されたので、協議会に参加することとなった。
手探りの1年目はこれまでの町の課題であった観光ビジョンの作成をはじめ、各委員も担当業務をこなすことでノウハウの蓄積が進んだが、コロナ禍の最中でもあり目に見えた観光客の増加は無かった。しかしSNSでの発信量増加、セミナーの開催、地元開催イベントの増加などの地道な活動が功を奏して岡山県内の自治体の間で矢掛町の活動に対する認知度が上がってきたことに加え、アルベルゴ・ディフーゾ特集で矢掛町がキー局のTV番組に取り上げられ、町内商店街のイベントへの取組が紹介されたことで県外の自治体からの見学者も増えてきた。
また矢掛町の知名度が上がるにつれ、町の手厚い店舗誘致策の効果もあり町外の人の転入による飲食店の開店も増え、近隣の自治体の人からも矢掛に行けば美味しい物が食べられるという口コミ効果で、行列のできる店舗も出てきた。
交付金事業は2024年3月で終了するが、この3年間で実施した情報発信強化、集客イベントの開催による矢掛町ブランド確立の施策により、観光客数の倍増(27万人→55万人)、民間企業による町民満足度調査での好成績(22年度中国地方 No.1、23年度 No.2)等の顕著な効果が認められた。またふるさと納税額もこの3年間で86百万円、488百万円、700百万円(見込)と急増しており、担当者の意見でも返礼品充実の効果が大きいが矢掛町の知名度アップの効果も認められるとのことであった。高齢者が多いため自然減による人口の減少にはまだ歯止めはかかっていないが、移住者増により23年度は転入者が転出者を上回ったのは明るい兆しである。
交付金のおかげで昨年には国立劇場で大名行列のパフォーマンスも実施できた。今回の矢掛町の地方創生プロジェクトは結果的には想定以上の成果を生んだと自負している。地域おこしを成功させるためには「よそ者」、「馬鹿者」、「若者」が必要とはよく言われるがこの3者の融合のためには「天の時」、「地の利」、「人の和」という要素が必要であると感じた。
4月23日には町制施行70周年の記念式典も挙行される。アウトドア用品メーカーとの包括提携も決まり今年度中に小田川沿いにキャンプ用地もオープンの予定である。本交付金事業で対外的な浸透度が上がった「矢掛町ブランド」を発展させ、今後インバウンド観光需要も取り込み矢掛町が永続的に発展し、「一流の故郷」として輝いてくれることが、今年創立122年を迎える矢掛高等学校卒業生である私にとっての最大の願いである。
きぐち としお(886)
(観光立国研究会、地域デザイン総合研究所、健康医療研究会)
(俳句同好会、ゴルフ同好会、カラオケ同好会)
(元 富士銀行)