
2月の中頃、奈良を訪れる。新幹線を降りて、目の前の近鉄電車の改札を通り抜けて特急に乗ると、30分位で近鉄奈良駅に到着する。地上に出ると、緑に囲まれて鹿がのんびり行き交う広大な奈良公園はすぐ目の前だ。奈良公園を歩く多くの人波は大仏殿を目指すが、私の今日の目的地は、大仏殿の北側の東大寺法華堂(別名三月堂)だ。修二会(お水取り)で有名な二月堂の隣に位置している。大仏殿で人並みはぐっと減り、二月堂への参道を登る人はごくわずか。修二会は3月(旧暦では2月)前半に行われ、奈良時代から途切れることなく続いているという驚異の行事である。いつものように二月堂で、奈良を一望できる景色を堪能しながら一休みする。修二会を間近に控える興奮を味わいながら、いよいよお目当ての法華堂だ。
法華堂(別名三月堂)は723年の創建とされている。本尊は不空羂索観音像。あまりポピュラーな仏像ではないが、最近の高校日本史Bの教科書には、有名な興福寺阿修羅像と共に、奈良時代を代表する仏像として登場していた。羂索とは、鳥獣等を捉える縄のことだが、この縄でもれなく人を救うという意味があるらしい。法華堂にはその他、阿形、吽形の金剛力士像2体、四天王像4体等もあり、合計10体の仏像を見ることができる。すべてが奈良時代の作で、建物自体も含めて国宝である。秘仏とされている1体を除いて、いつでも拝観可能だ。いつ訪れても、人影はまばらで、じっくり時間を過ごしている人が多いと感じる。
私が法華堂に心を惹かれたのは、仕事での決断ができなくて悩んだ時、たまたまこの場所を訪れたことがきっかけである。飾り気のない簡素な薄暗い堂内で、玉、ガラスで飾られた観音像は大きく、優美で、どんな決断も無条件で後押ししてくれているように感じた。何故そんな気持ちになったのか。1つには、約1,300年間、世の中の様々な動きを見つめながら、変わらず、存在し続けているというこの本尊や建物の普遍性にあるのではないかと思う。悠久の時の流れを考えれば、自分の悩みは非常にちっぽけなものだと、心がすっとしたのを今でも覚えている。
クリスマスを祝い、大みそかにはお寺で除夜の鐘、新年には神社、私はそのような典型的な日本人で、決して敬虔な仏教徒とは言えない。ただ、日本人の原点は自然崇拝で、神が山や川、森など、あらゆる場所に存在すると考えられるところにその本質があると思う。素朴な法華堂の諸仏に感じている心情も、時の流れを超越したことにより、ある意味、自然に回帰した姿に、心が共鳴しているのではないかと感じる。また奈良公園の豊かな緑と一体化している東大寺、奈良公園に隣接している春日大社の神山の春日山原始林(世界遺産登録)の存在も、場所が持つ不思議な力をもたらしてくれる。
宮崎駿監督のジブリ映画『もののけ姫』は、自然を畏敬する日本人の心情に寄り添った不朽の名作だ。この作品は、アニメだからこそ表現できる素晴らしさで、世界中にファンを獲得しているのは非常に喜ばしいことだ。混沌が混沌を生み、日々悪化していく世界情勢。止まらない地球温暖化。人類は立ち止まって、原点に立ち返り、自然に対しての畏敬の念を呼び覚ます時に来ているのではないか。今日本が果たすことのできる役割は、決して小さくないと思う。
翌日は2月とは思われない暖かさだった前日とは様変わりで、雨の降る寒い朝だが、京都でのお気に入りの場所である東寺の講堂を訪れる。京都のシンボルである五重の塔で有名な世界遺産東寺。人影もまばらで、冷たい雨に濡れているが、200本の桜が咲き乱れる春を間近に控える息吹が、美しく伽藍が配置された境内から感じられる。このお寺は、794年に平安京に遷都された時に建立されたもので、現時点で唯一残る平安京の遺構である。唐で新しい密教を学んで帰国した空海は、嵯峨天皇からこのお寺を託された。東寺自体が、空海により密教の教えである曼荼羅の世界を表すべく設計されているが、中でも講堂は21体の仏像(うち国宝16体)を配置する事により、密教の浄土の世界を表す立体曼荼羅になっており、空海の企画力には驚かされるばかりだ。ここでも、薄暗い堂内で拝観している人々の多くが、荘厳さに息をのんでいることを感じる。
奈良の東大寺、京都の東寺、奈良時代と平安時代を代表する寺院である。このような寺院が火災による消失はあったにせよ、変わらず存在し続けていること自体が奇跡のような出来事であると感じる。世界が平和になりますように、ウクライナ、シリア、その他紛争地域に生を受けた子供たちが屈託なく遊べる日が来ますように、何故かそんなことを考えながら、東寺を後にした。
せんざき しげこ(1326)
(理科実験グループ 企業ガバナンス部会)
(千崎滋子公認会計士事務所 東邦チタニウム社外監査役)