10/03/17


2月勉強会(2010年2月5日)

テーマ:「日米同盟と日本の安全保障政策」

講師の 孫崎 亨 氏

一般社団法人ディレクトフォースの2月勉強会は2月5日学士会館で、第17回会員総会のあと、約200人の会員が出席して開催されました。今回の講師は駐ウズベキスタン大使、外務省国際情報局長、駐イラン大使を歴任された孫崎亨氏で、「日米同盟と日本の安全保障政策」というテーマでお話いただきました。

「日米関係において現政権は重要な課題に直面している。冷戦以降米国の安全保障政策は、地域極東から国際的安全保障環境の改善へと変貌しており、米国は日本の軍事貢献を期待する。日米同盟、在日米軍基地の問題についてもこの視点で捉えている。

民主党政権としては国民の意思を尊重し、外交、普天間基地問題を含めてこれまでの自民党政策を見直すことは当然であり、政権交代によるこうした流れは民主主義国家の基本原則である。米国内にもこうした考えに理解を示す意見がある。

日本の長期的な最大の課題は強大化する中国にどう対応するかであるが、日本独自の軍事的選択はほとんどありえない。対日軍事行動を牽制するためには、日中の経済的結びつきを緊密にすることが安全保障政策となる」と説かれました。詳細は次のとおりです。

 

1.普天間基地問題

普天間基地問題で日米関係が悪化すると報道されており、国民は現政権の対応に不安を持っている。しかし、世界展開されている米軍基地の重要性という点では、PRV(Property Replacement Value)という財産評価法によれば日独がそれぞれ世界の米軍基地の約30%を占めている。大型基地に限定すれば、日本の財産評価はドイツの3倍になる。
 米国海外施設中日本の占める割合は、米国海兵隊99%、米海軍44%、米空軍33%である。ちなみに普天間は在日米軍基地全体の20分の1以下の評価。このように米国にとって日本基地は極めて重要なものであり、米国はこの普天間基地の問題で日米関係を悪化させるわけにはいかないという事情があることを認識する必要がある。
 日本の安全保障の評論家、当事者である外務省、防衛省は日米合意に基づき実行しないと日米危機が来ると主張する。これに対して私は1月5日、国家ビジョン研究会国際外交・安全保障問題分科会長の資格で鳩山総理に反対意見をご説明したが、驚いたことに米国安全保障政策の権威者であるハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が、1月7日付ニューヨークタイムズ紙で「米国が非妥協的な態度で日本の新政権の土台を揺るがし、日本世論の反対を作り出すとしたら普天間の勝利はあまりにも多くの犠牲を払った勝利と言わざるを得ない」と主張している。このように米国には日米関係の重要性を考え、普天間基地問題で日米関係を壊してはいけないという層がいる。この人たちと協調をはかることが大事である。

 

2.なぜ今、安全保障問題か

新しい3つの動きがある。1つは冷戦以降、米国戦略に変化が見られる。その理念は従来の国際的な考え方と異なる方向の「国際的安全保障環境の改善」であり、米国は日本を軍事的に活用することを考え、日本の軍事貢献を期待している。

2つ目は中国の台頭であり、中国が大国に成長していくこと。3つ目は北朝鮮の核兵器、ミサイルが顕在化し、日本への潜在脅威が増加していくことである。
このうち一番考えなければならないのは中国問題であろう。中国の経済力は購買力ベースで、2020年に日本の4倍、2030年には5倍となる。このとき米国と中国はほぼ同等の力関係になる。中国は地域間格差、水資源問題、チベットなどの民族問題など数多くの難題を抱えているからこの通りの成長を遂げられるかどうかは分からないが、今年GNPで日本を抜くことは確実と見られる。この勢いで日本との差を広げていくだろう。中国が今後どのような行動をとるか、日本はこれに対してどのように対応するか真剣に考えるべき時が来ている。

 

3.中国の今後の動向

米国国防省の年次報告、中国軍事力2008年は次のように分析している。中国共産党が自国の安全保障、戦略的展望を考える際には政権即ち共産党の生き残りが中心となる。政権の正当性の基盤としては、共産主義はなくなったので、経済成果とナショナリズムに求めるしかない。しかしナショナリズムは勢いづくと制御が利かなくなり、その鉾先が共産党に向かうことになるから、ネガティブなナショナリズムを煽ると政権の生き残りにマイナスになる。従って中国は政権生き残りのためには経済成長1本になっている。そこで2国間関係および多国間協調を世界規模で強化していく方向に向かう。中国は軍事的行動、冒険主義的な行動はとらないであろうというもの。

これを日本にあてはめると、中国は2008年で10兆円規模の対日輸出があり、これに労働人口が張り付いている。この規模が今後拡大していく。日本に対する軍事行動はこの市場を失くすことになるから中国は穏やかな性格を持った国になるのでないかといわれる。

実際に中国は2002年の第16回共産党大会で、「隣国と良き関係を持ち、隣国をパートナーとする」周辺外交方針を決定。周辺国対策は中国安全保障政策の要としている。中国脅威論は新しい動きのなかで考えるべき時期にある。

 

4.冷戦後の米国戦略

ソ連が消滅しその軍事力の脅威がなくなったときに、シカゴ外交評議会が米国にとっての脅威は何かということについて、大衆と指導者層とに分けてアンケート調査した。結果は大衆、指導者層ともに1位が日本の経済力とされた。このとき日本や欧州の経済力に対抗するため、軍事から経済に重点を移すべきという米国内の意見に対してアメリカの軍事戦略はどうなったか。

米国の戦略は重点を東西関係から南北関係に移行させ、イラン・イラク・北朝鮮等の不安定な国が大量破壊兵器を所有することは国際政治上の脅威になる。これらの諸国が大量破壊兵器を所有するのを防ぎ、さらにこれらの国々が民主化するため、必要に応じて軍事的に介入するとして軍事力の優先的使用を志向し、同盟体制を変貌させる方向へと進んだ。同時多発テロ以前から既にこの戦略が取られており、この考え方は今も続いている。

 

5.日米同盟の変容

かつての安保条約は主権の尊重、武力行使の極力抑制という国連憲章の理念のもと、日米同盟の範囲を極東中心とするものであったのが、今やその範囲を世界に広げようとしている。日米の共通の戦略として国際的安全保障環境の改善のため積極的に軍事力を使うことで基本合意している。

安保条約は集団的自衛権を考える上で米軍が攻撃されたときには日本が攻撃されたとして捉える。但し外務省はその攻撃は日本の管轄地におけるものとしてきた。しかし米国は安全保障の範囲を拡大し、世界における米国への攻撃と日本への攻撃とを一体的なものとしてとらえる。「米国国防総省は本土から離れた地域での緊急事態に日本が協力することを明確に期待し、在日米軍基地と日米同盟を世界的な安全保障戦略の道具として利用するのは米国の明確な意思」とサミュエルズMIT教授が説明する。

米国がイラン・イラク・北朝鮮に積極的に介入していくという考え方は、西側の理想的な安全保障の考え方から離脱している。カントの永久平和論では、「いかなる国々も他の国の体制や統治に暴力をもって干渉してはならない」と説いている。「ヨーロッパは力を越え、法律と規制、国際交渉と国際協力の世界であり、米国は軍事力の維持と行使が不可欠な世界」(ロバート・ケーガン)とされるが、日本は法律と規制、国際交渉と国際協力の世界にいるのではないだろうか。日米安保を出来るだけ強化するという一辺倒の考え方は国益を損なうものであり、国連憲章枠外の米国戦略への追随は避けた方が良い。

 

6.新しい安全保障環境にどう対応するか

新しい安全保障環境にどう対応するかという問題に関し、北朝鮮の動きがあるなかで憲法にいう「諸国民の公正と信義に信頼し安全と生存を保持する」のは困難である。従って当面は米国の核を抑止力として位置づける。北朝鮮が核兵器を保有しようとするのは、核による攻撃を受けるのではないかという脅迫観念を持つからであり、キッシンジャーが言う「無条件降伏を求めないことを明らかにし、どんな紛争も国家の生存の問題を含まない枠を作ることが米国外交の仕事である」という考え方が対北朝鮮政策に当てはまる。

また中国、ロシアが米国への攻撃能力を持ったとき、米国の核の傘は対中国、対ロシアには働かない。日本独自の核、敵地攻撃、ミサイル防衛は機能しない状況にある。中国、ロシア、北朝鮮が対日軍事行動をとらないための外交努力と防衛力強化が必要であり、同時に経済関係を緊密化することによって対日攻撃がマイナスになるという勢力を助長し、経済を軍事抑止力に繋げるようにすることが大事である。同時に日本は独自の外交、安全保障政策を考えていく上で、国際情勢がどのように動いているのかという情報を得ることの重要性に気づくべきである。

 


(写真=懇談会で講師の孫崎亨氏を囲んで歓談する皆さん クリック<拡大)