(2012年5月15日 )
一般社団法人ディレクトフォースの4月勉強会は、4月23日学士会館にて会員約110人が参加して開催されました。今回の講師は京都大学大学院準教授の中野剛志氏(写真右)にお願いして、「TPP亡国論」というテーマで、TPPの問題点を鋭く指摘する参加反対意見を伺いました。
日本にTPP参加を求める米国の狙いは、農業問題もさることながら日本の非関税障壁分野への参入によって米国内の雇用創出を意図するもので、日本にとって得るものは少なく失うものが多い提携協定であるとの見解を述べられました。
詳細は次のとおりです。
2000年代はグローバル化と東アジア成長の時代といわれた。しかしこのグローバル化とは米国の住宅バブルによる過剰消費に依存したもので、東アジアの経済成長は米国の過剰消費を取り込むグローバルインバランスによってもたらされたものであった。また日本の東アジアへの輸出は東アジア市場を取り込むものではなく、米国の過剰消費に間接的に牽引されるものであった。
ところが歴史の転換期ともいうべき2008年のリーマンショックに端を発した世界金融危機によって、世界の構造変化が求められることになった。特に米国は貿易赤字を減らさなければどうにもならないし、EUも5年前には想像も出来なかった状況にある。中国ではすでにバブルが崩壊しつつある。こうした状況がこれから長く続くと考えられるので今後は世界で激しい市場争奪戦が始まる。
これからはグローバルインバランス問題を考えないと世界経済は持ちこたえられない。そのために米国がなすべきことは、国民が過剰消費を抑え貯蓄する、そして輸入を抑制し、輸出を増やすことであり、東アジアや日本は内需を増やして輸出を控えることが求められる。TPPは、リーマンショック以降グローバルインバランス問題に対応するため大きく変化した米国戦略の一環であるといえる。
オバマ大統領は、2010年の一般教書演説において今後5年間で輸出を倍増すると表明している。グローバルインバランスの原因である過剰消費、貿易赤字の是正に乗り出す意思を表明したもの。この実現のためには1ドル=70円程度の円高・ドル安が必要で、米国はこれからもドル安を誘導するであろうから円高基調は続くものと思われる。
2010年6月には、ガイトナー財務長官が「米国の貯蓄率向上に向けた必要な変化は、日本と欧州の黒字国による内需拡大や民需の持続的な伸び、更には一層柔軟な為替政策によって補われる必要がある」と主張している。
また10月には、米国家経済会議サマーズ委員長は「世界経済は再調整を必要としている。米国の消費者は世界経済成長の唯一のエンジンにはなれない」と発言している。
これらオバマ大統領、政府高官の発言からグローバルインバランス是正に向けた米国の輸出拡大、ドル安戦略が明確に読み取れる。
TPPを推進するオバマ大統領は、昨年11月に横浜で開催されたAPECの席上、米国は今後5年間で輸出を倍増させる「国家輸出戦略」を進めていることを説明したうえで、「それがアジアを訪れた理由の大きな部分である。この地域で輸出を増やすことに米国は大きな機会を見出している」。「10億ドル輸出するたびに、国内に5000人の職が維持される」。「巨額の貿易赤字がある国は輸出への不健全な依存をやめ内需拡大策をとるべきだ。いかなる国も、アメリカに輸出さえすれば経済的に繁栄できると考えるべきではない」と発言。アジアの雇用を奪って米国の雇用を増やす国家輸出戦略の意図を明確にしている。
TPP交渉参加国、日本を入れて10カ国のGDPシェアは日米で90%以上を占め、しかも日米以外は輸出依存度の高い小国ばかり。TPPに参加しても日本の輸出先になるのは米国のみであるが、米国は自国への輸出に依存した成長を拒否している。しかも日本は他のTPP交渉参加国9カ国のうち6カ国とすでに経済連携協定を締結済みである。輸出倍増を掲げる米国がTPPによって輸出先と考えているのは日本であり、TPPは実質日米協定となる。
韓国は米国とのFTAを選択したし、中国は人民元問題を抱えTPPには参加しない。中韓抜きの協定が、アジア太平洋地域の貿易基本ルールになるわけがない。
韓国が日本より輸出競争力をつけたのは円に対してのウオン安による。関税によるものではなく、為替が競争力を決めている。米国はドル安を誘導することによって日本企業の競争力を減殺する能力を持っている。為替リスク回避のため、日本の自動車製造業は既に米国での生産を進めており、米国が関税を撤廃しても日本にとってその利益は少ない。
一方、米国はドル安戦略とTPPの組み合わせにより、自国の市場や雇用を日本企業に奪われることなく日本市場を獲得出来る。TPP参加によって日本の輸出は増えないのに、米国は日本への輸出を伸ばすことができる。ドル安と実質賃金低下による米国大規模農業の安価な農産品が、日本の関税撤廃によって輸入されたとき、日本の農業はどうやって対抗しうるだろうか。
オバマ大統領は、「輸出を2倍にするという目標を設定しているのは、輸出によってもっと多くの雇用を生み出せるから」と言い続けている。「中国が米国の航空機200機を購入するという合意は、25万人以上の雇用を支える。韓国との貿易協定は少なくとも7万人の雇用創出に相当する」と発言している。
オバマ大統領は就任前からアメリカの雇用を促進する協定にのみ署名すると明言してきた。それが韓国との協定であり、パナマやコロンビアとの協定やアジア太平洋そしてグローバルな貿易交渉の継続でやろうとしていることだと説明する。輸出先の雇用を奪って自国の雇用を生み出す戦略を明確にしたものだ。
TPPは既に大枠合意が出来ており、日本が交渉に参加できるのは、米国との事前協議・正式協議を経た半年後であり、日本がルール作りに参加できる余地はほとんど残されていない。
TPPは交渉参加に当っての例外品目を認めない貿易交渉であり、交渉参加の事前協議で大きな譲歩を強いられる。日本は内需が大きい大国で、工業製品輸出国、農業競争力脆弱国、高賃金労働力国であり、他の交渉参加国の経済構造とはまさに逆である。日本と利害が一致して協力し合える国はない。TPPは実質日米協定であるが、日本が米国との対決で日本に有利なルールにする交渉力を持っているとは思えない。
日本、米国、EU、韓国における平均関税率は、最高の韓国8.33%に対して日本は2.61%で最低。アメリカの関税率よりも低い。日本は30年間ほど世界で最も平均関税率が低い国であり続けている。農業が閉鎖的といわれるが、農産品の関税も韓国の62.2%はおろかEUの 19.5%よりも低い11.7%である。日本の食料自給率が40%を切るということは、農産品市場においても開かれている証左ではないだろうか。
昨年横浜で開催されたAPECにおける菅首相の開国宣言は、関税全廃にとどまらず非関税障壁に論点が移る結果を招いてしまった。外国が日本で商売する上で邪魔になる日本の制度すべてを変えるよう義務づけることが出来ることになる。例えば社会的規制、食の安全規制、保険制度、医療制度、文化、商慣行、言語にいたるまでおかしいと言われかねないことになる。
小麦、大豆、トウモロコシといった穀物商品の先物取引価格が高騰している。世界各地で農産物の生産条件が悪化していることがあるが、その背景にあるのは水資源の不足である。
農産物は鉱工業製品に比べ輸出に仕向けられる割合が低く、国際市場への供給は特定の国や地域に依存していることから輸出国での不作が国際市場に大きな影響を与える構造になっている。
当然、輸出国は自国の食糧供給を優先させるから、禁輸、輸出規制が生じる。食料自給率の低い日本への影響は大きい。
TPPは21の分野に分かれるが、農業はその一つに過ぎない。金融、電子取引、電気通信などサービスの分野をはじめ沢山の分野に関係してくる。
また、日本の関税率は低いのに開国宣言したことは、次の3つのことがターゲットとなる。
日本医師会は、日本の医療に市場原理主義が持ち込まれ、国民皆保険の崩壊に繋がりかねないとTPP参加に懸念を表明する見解を2010年12月に出している。
オバマ大統領の輸出倍増戦略は、サービス輸出(米国輸出の30%を占める)を3倍にすることを掲げる。サービス輸出とは、銀行、保険、医療、電気通信、知財、メディアなどの制度(非関税障壁)の改廃をいう。米国は2008年に国有化したAIG再建のため、日本の保険市場とりわけ共済をねらっている。
チョン・テイン韓国元大統領秘書官は「主要な争点で韓国が得たものは何もない。米国の要求はほとんど飲んだ」と無念さを表明している。韓国が米韓FTAで得たもの、失ったものは次の通りである。
ISDは、海外投資家が投資対象国の政策によって不利益を被った場合、国際仲裁所(世界銀行傘下の「国際投資紛争解決センター」)に対して当該国を訴えることが出来る制度。
国際仲裁所の審理については多くの問題が指摘されている。
米国はTPPの作業部会に「投資」を追加し、ISDの導入に積極的。投資と訴訟に長けた米国企業を相手のISDは問題である。
ISDはグローバル企業による国家主権、民主主義の侵害であり、認めるべきではない。
日本政府が安全保障の観点から重要と考える産業(エネルギー企業や水資源等)の外資による 買収を阻止した場合や、環境規制や安全規制が訴訟の対象になる危険性がある。
にもかかわらず、民主党プロジェクトチームの政府提出資料「TPP交渉分野別状況」には、「ISDはわが国が確保したいルール」の中に含まれている。米国企業相手のISDに対する警戒心がなさ過ぎる。
TPP交渉参加について、一部を除き野党は反対しており、与党の中にも反対論や慎重論がある。賛成を表明した知事は6人にとどまり、1100を越える地方議会が反対ないし慎重の決議をしている。
しかし、憲法上「外交処理」は内閣の専決事項であるうえに、TPP(条約)批准の国会承認は衆議院優越とされている。国民生活に直結する国内制度を改廃させることになる経済外交が、民主的コントロールに服しない今の法制度に問題がある。
経済成長が貿易の拡大をもたらすことは認められているが、貿易の拡大が経済成長をもたらす か明確になっていない。自由貿易のメリットは安価な輸入品による消費者利益の改善であるが、 デフレ下での貿易自由化はモノが溢れ、失業を増やし、デフレを悪化することになる。
2000年代以降グローバル化の結果、輸出企業の実質賃金は伸び悩み、労働分配率は低下。輸出拡大にもかかわらず1人あたり給与は伸びていない。
日本は内需が80%以上と高く、20%以下の輸出主導で全体を牽引することは困難である。しかも競争力強化は円高をもたらし、競争力を相殺する。
2008年以降世界的不況によって市場は縮小、各国とも保護主義的になっている。とりわけアメリカは円高、ドル安を志向しており、米国への直接、間接的な輸出を伸ばすことはもはや期待できなくなっている。
懇親会で講師の中野氏を紹介・乾杯する金井さん(左)講師を囲んで歓談するみなさん(中、右) |
【編集註】今回の講演内容について反論意見が会員の今井さんから寄せられています。こちらに掲載していますので、併せてご覧ください。この他、会員のみなさんの中で賛成・反対のご意見がありましたら寄稿してください。同じく掲載させていただきます。