一般社団法人 ディレクトフォース
サイト内検索 powered by Google
隈取り

歌舞伎同好会

世話役 若松 常美(2018年版)

info_歌舞伎同好会
矢印

2018年10月1日 更新

目 次

テーマ / イベント名 実施日
9月文楽観劇会録 9月15日(土)
6月歌舞伎鑑賞会 観劇記 6月23日(土)

2018年9月30日 掲載

9月文楽観劇会録

(クリック⇒拡大)

9月15日、国立劇場で文楽9月公演、「夏祭浪花鑑」の観劇会を23名のご参加を得て催しました。毎年一回の文楽人形浄瑠璃の観劇会も2010年以来恒例になりました。この間、多くの文楽ファンを得てきたを嬉しく思います。

「文楽」の魅力は、「三つで一つの芸」にあると思います。三つとは、「浄瑠璃語り」「太棹(三味線)」「人形操り」です。この三つの芸を統べるものはありません。語りの太夫は全身の力で人物を語り分け、芝居の情景、情感を語りますが人形の動きには目をやりません。人形使の太夫は紋付袴で無表情で、左手使いと足使いの三人で人形を操り、生身の人間を超えた身体表現を可能にしますが、語り手に目をやることはありません。太棹使いは語りに合わせるのでは無く、挑み掛かるが如くです。文楽の劇場空間は、三つの芸が激しくぶっつかりあうことで興奮と感動の場となります。これからも、世界にもまれな至芸を多くの人に楽しんでいただきたいと思います。

今回の出し物は、1745年初演の「夏祭浪花鑑」の通し公演でした。歌舞伎でも人気狂言です。
物語は浪速の義侠の悲劇です。義理ある主家の難儀を救うべく、団七九郎兵衛と一寸徳兵衛の義兄弟に、老侠客釣舟三婦、それにお梶、お辰、おつぎの女房が繰りなす男伊達、女伊達の競い合いは、あまりにもカッコよく、あまりにも悲しい。団七は、己のカッコよさを貫くためには、舅義平次のカッコ悪さは我慢がならず、思わず手を掛けます。高津の宮の神輿囃子の喧騒のなかで、「悪い人でも舅は親、南無阿弥陀仏」のセリフは、義理(主家の恩義)と人情(親子の情)の狭間で生きるしかなかった300年前の江戸時代の庶民の悲痛の叫びでしょうか。ところで、団七お梶が果たさなければならなかった「義理」とは?

それにしても、三人の女房がすごい。本当の主役は、女房達ではないかと、「浪速のオナゴの鑑」の物語かとも思いました。江戸時代のオナゴは強かった。

次回は、11月24日、国立劇場歌舞伎公演「名高大岡越前裁」です。吉宗の御落胤を騙った「天一坊事件」と名奉行大岡政談を組み合わせた講談を、明治8年に黙阿弥が脚色した芝居を基に通し狂言に補綴した上演です。

天一坊と将軍対面の刻限が迫る中、大岡越前守は「騙り」を暴くことができるか、現代にも通用するサスペンスドラマが期待できそうです。多数のご参加をお待ちしています。


(神村記)

2018年7月7日 掲載

6月歌舞伎鑑賞会 観劇記

(クリック⇒拡大)

毎年6月は、国立劇場の歌舞伎普及のための「歌舞伎鑑賞教室」に参加してきました。この公演は、中高生の課外授業として採用されており、この日の午後の部にも大勢の女子高校生の団体が参加していました。

恒例の「歌舞伎のみかた」解説では、坂東巳之助が若手ホープらしいさわやかな案内で、舞台に女子高校生を招きあげての、歌舞伎の所作のお稽古に万雷の拍手がありました。

こうした催しから、演じる方、観る方共次世代へ歌舞伎が受け継がれていくことを願ってやみません。

演目は、歌舞伎舞踊劇(所作事と呼ばれます)の内、「松羽目物」と類別される「連獅子」でした。明治34年、河竹黙阿弥の原作を改作して初演されたということでした。

松羽目物」とは、所作事の内、能舞台を模した舞台で、能と狂言を歌舞伎舞踊化したものです。この演目の引用は、能「石橋(連獅子の小書き)」と狂言「宗論」。

親子の獅子の精は中村又五郎と歌昇の親子の競演。長い毛を勇壮に振り回す「毛振り」は能とは違った歌舞伎固有の技です。「重労働やなあ!」との感嘆の声が客席から聞こえてくる熱演に拍手喝采でした。


国立劇場(本館)幕開き

鑑賞後は、2階食堂「十八番」に移って、15名の皆さまと恒例の懇親会をもちました。

「松羽目もの」と類別されるジャンルが、明治時代の政府から歌舞伎改良の強請を受けて現れた歴史的所産である事を紹介させていただきました。

次回は、9月15日に「文楽」公演です。演目は、傑作浄瑠璃の「夏祭浪速鑑」(通称「夏祭り」です。

団七九郎兵衛と一寸徳兵衛の義兄弟と老侠客釣舩三婦の義侠、高津神社の宵宮の神輿囃子が高まり近づく中での主家への義理のため心ならずにも犯す凄惨な団七の舅殺しの場、三婦の女房お辰の男勝りの義侠等々、浪速の夏の風物を彩る名作を楽しんでいただけます。多数のご参加をお待ちいたしております。

(神村記)