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一般社団法人 ディレクトフォース

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 2018/10/1(No278)

「光り輝く島」スリランカ、「インド洋の真珠」モルディブの旅

ーー 2018.4.21〜29 ーー

石河 正樹

今年(2018)4月21日 成田11.20発のスリランカ航空直行便で9時間20分、スリランカの首都コロンボのバンダラナイケ空港に着いた。時差3時間30分で到着17時30分の予定が1時間遅れた。お陰で未公開映画3本を鑑賞できた。

この旅の同行者は、妻とスリランカ人僧侶のナーラダさん。

彼は、メンタルヘルス専門会社のセーフティネット社の相談員、通訳として働いている。東大大学院で博士論文を執筆中の仏教学者。10歳から仏門に入る。

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1 左から ナーラダさん 私 妻

彼の大学同級生で空港の出入国管理局長の出迎えを受け、並みいる乗客の列を横に見て空港管理事務所にとおされ、暫し歓談、迎えの車を待つ。

今回の旅のドライバー役のナーラダさんの友人がホンダの高級車(高関税のため現地価格800万円)を運転し、ガラ空きの夜の高速道路で約1時間、コロンボの由緒ある海べりのホテル Galle Face に着く。人口2000万人のスリランカの首都コロンボは20万人。タワーホテルや高層ビルの建設も活発。インドと対立していた前政権が、中国からの多額の借金返済の代わりに、港湾部を99年間の借地権を認めたそうだ。2009年の内戦終結後、インフラ整備、観光振興に注力するためかつての日本に代わって最大の援助国が中国になった結果だ。日本もODAで学校や病院建設に貢献したが、中国ほどの見返り要求はしなかったので対日感情は良好なはずだ。
1キロの海水浴場を残して、他を立ち入り禁止にし、中国企業の大型クレーンが港湾施設を建設している模様がホテルから見えた。モルディブの空港でも中国の存在感が目立ったが、それぞれ現地の国民感情には察するに余りある。

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2ホテル裏 海べりの遠望(中国企業の大型クレーンが見える) Galle Face ホテルの主食堂

紀元前5世紀ごろ隣国の東インドから来たアーリア人がシンハラ王朝を建国し、仏教(上座部仏教、小乗仏教-お釈迦様の教えを深め、僧侶がまず悟りを開く。日本は大乗仏教)を広めたが、島の北部に住むヒンズー教を信ずるタミール人の独立願望との抗争が繰り返され、現代でも燻っている。

隣国インドとスリランカとは、幅10キロのポーク海峡で隔てられているが両国の間に、定期交通手段はない。不法入国や密漁線取り締まりの管理事務所だけがあるのみ。

気候も温暖、自然も産物も豊富、教育熱心で穏健な民族なので、当然、隣の大国や欧米の列強の標的となりながらも独立を保っているのは称賛に値する。

 

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4 スリランカの官庁街

1505年ポルトガル艦隊が漂着以来、ヨーロッパ先進国のオランダ、1800年ごろから東インド会社を核とするイギリスの統治下にはいり、紅茶、香辛料、椰子、宝石などの輸出港として賑わった。そのため欧州風の建築物(写真右=官庁街)や交通ルール(左側通行、ラウンドアバウトなど)、学校制度など社会制度も強く影響を受けている。

1948年世界大戦終結後、イギリスからの独立を果たしたが、島の北部に住むタミール人が更に独立を求め、政府軍と武力抗争を繰り返し26年間もの内戦が続いた。

欧州列国の統治から解放されるにつれ、近代化も進みこのホテルも150年前に建設された。この国を代表するホテルだけあって造作、調度品はそれぞれ歴史を感じさせる重厚な趣をもつていた。60年前、昭和天皇やエリザベス女王も泊った由。

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5ことりが舞い込むレストラン 6香りの専門店

このホテルのレストランには窓がないので野鳥を追い払う係りが昔懐かしい「ゴムカン」を持って番をしていたのも南国らしい。朝食中に日本企業の若者と歓談した。聞けば、コロンボでの日本フェア参加のための出張だそうだ。親日国らしさを感じた。

朝食後、ホテルから3人乗り3輪タクシー「ツクツク」でショッピングモールに出かける。

東京銀座に最近、出店したという香りの店(写真上)やセイロン茶専門店に入った。

チャーター車で市内中心部にある独立記念堂、国会議事堂、内戦による戦没者3万人の慰霊墓碑、瀟洒な大統領官邸、暗殺されたバンダラナイケ首相(夫人は世界最初の女性首相、その娘さんも1995年に首相となった由)を記念して造られた国際会議所の一角にある記念室などを回った。同行のナーラダさんがこの講堂で首席として卒業式が行われた思い出深い建物だ。

スリランカで釈迦が訪れた3カ所の聖地の一つ、ケラニ―ア寺に行く。

門前で一般人全員が戒律に従い、白衣をまとい、靴を預け、小石混じりの庭を、幼児期以来の裸足歩き体験。初めは少々痛かったが、足裏健康法と思って我慢した。

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7 卒塔婆(パゴタ)の塗り替え作業 8裸足の〇〇夫人 9 菩提樹の周りを歩く信者

2500年前から続く5月の満月に行われる仏教徒最大の祭りに備えての卒塔婆(パゴタ)の塗り替え作業も信者の奉仕、大きな菩提樹の周りを水を入れた壺を読経しながら歩いていた。信者がナーラダさんに合掌して話しかけて来たり、膝まづく信者の姿にこの国の人々の信心の深さを見た。

国民の7割が仏教徒だと聞いて納得。あとはヒンズー、イスラム、キリスト教徒が各1割だそうだ。少数とはいえ、過激派がトラブルを起こしているのは残念至極。

数ヶ月前、内戦終結後初めて、北部の一部で反政府勢力を抑え込むために10日間戒厳令が発布されたというのに市民生活には全く緊迫感がないのも南国の仏教国らしい。きっかけは、イスラム教徒の暴動に襲われた仏教徒が死亡したことに報復する暴動を鎮圧するためという。一方、昨年から過激派仏教徒がミャンマーからのイスラム教徒の難民施設を襲撃したこともあり、将来、宗教間の対立が先鋭化しないことを心から祈りたい。

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10 主な位置関係

4月23日(月)

コロンボで2泊して100キロ離れた、キャンディまで自家用車で3時間、未だ高速道路は建設中。「いろは坂」のような国道を島の高原地帯に向かう。スリランカは北海道の8割の広さを実感。この国は大都会の一極集中型ではなく地方分散型なので、観光ルートも多様で楽しみが多い。

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11 国営の動物園「象の孤児院」にて

キャンディへの途中、「象の孤児院」と称する国営の動物園に寄る。外国人入場料2000ルピー(1600円)。親にはぐれた親のいない小象、失明していたり、地雷で負傷した義足の象など80頭を300人の従業員が世話をしている。丁度、半数づつの象たちの一日2回の水浴び散歩の光景に出合った。従業員に見守られ,40頭の象たちが草を食べながら嬉々として商店の並ぶ公道を進む。川に入り楽しそうに水浴びしていた。アフリカ象に比べてここのインド象は性格が穏やかだそうだが、それでも発情期になると暴れるのもいるので、監視員は先端に金具を付けた長い棒を持っている。体重3トンの成象がその棒を見ると大人しくなる。平均寿命は60〜70なので、それまで保護された生涯を送る。リーダーは歳上の雌だそうな。
アフリカやインド象と違ってここの象は国民性に似て牙の生えるオス象は7%しかいない由。

キャンディは、人口12万人のスリランカに王朝のあった最後の地。町の中心部から7キロ離れた標高400㍍の中腹にある緑に囲まれたプール付きのリゾートホテル「アマヤヒルズ ホテル」に夕方、到着。室数100室、アユールヴェーダ(世界3大医学の一つ。 世界最古の伝統医学)のオイルマッサージが売りの癒しの場。話のタネに実体験した。1000㍍級の山並みを眺め、朝もやの上に建つまさに「天空の楼閣」。

熱帯の島とは想像もできなかった。西洋人が避暑地として目をつけたのもわかる。

このホテルの2泊目は中国人の若い団体客があふれていた。

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12 アマヤヒルズ ホテル 13 アユールヴェーダのハーブ入れ

翌朝、この旅のハイライト「仏歯寺」を訪ねる。お釈迦様の歯を祭っているこの国の寺800寺の総本山。日本の仏教と違って大乗仏教でなく、お釈迦さまのみを崇拝する上部座仏教(小乗仏教)。ナーラダさんにとっては懐かしいところ。

ここに現在も修行している僧侶のワジラさんと仏歯寺の高僧によるわが夫婦の幸運を祈る念誦を拝受。腕に木綿の糸を結んでいただく。一般人立ち入り禁止の奥の院での礼拝を特別の計らいででき、一瞬敬虔な気持ちを体感。左下の画像は寺の賓客が信者に挨拶するお立ち台。

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14 このお立ち台で寺の賓客が信者に挨拶する 15 国立植物園で見た「沙羅双樹」

127もある僧職の戒律の一つに昼食は正午前に始めるよう決められているので、急いで寺の門前のホテル・レストランに入る。僧職は夕飯は摂らないそうだから、昼食は極めて大事だ。そのとき、従業員が僧衣の二人に近づき足元に膝まづいて手を合わせた光景に、今更ながら僧職に対する一般国民の敬意を見た。

食後、300年前に開園した国立植物園を見物。60㌶の広大な敷地は、8人乗りのカートが用意されていた。4000種の植物の中に初めてみる熱帯の巨木、お釈迦さまが入滅のときその花が枯れ、幹が白くなったといわれる仏教の聖樹「沙羅双樹」(日本名「夏椿」)ほか、
樹高20メートルの椰子並木、昭和天皇やエリザベス女王が植えた木の隣接健在に安堵。

4月25日(水)

早朝出発なので、ホテルが用意したランチボックスを積んで、来た道を一路、コロンボの空港に向かう。

街道沿いの食堂で朝食をとり、空港近くのスーパーマーケットに入る。ナーラダさんに教えてもらいながら何10種もの袋詰め香辛料の中から、使えそうなものを選んだ。

スリランカ人は、カレー料理を毎日でも食べるそうだから、香辛料や豆類、穀類、コメ類も種類多く、値段も安い。玄米1キロ邦貨換算400円、赤米500円。コロンボでの生活費は住居さえあれば月5万円だそうだ。マンゴーやバナナはわかるが、リンゴまであり果物、野菜も豊富。

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16 空港近くのスーパーマーケット 17 ホテル行きの水上飛行機

空港でナーラダさんと別れ、モルディブのマーレ行き中型機に乗る。インド洋を上空から眺めながら約1時間でマーレに着き、ホテル行きの水上飛行機を豪華な専用待合室で待つ。乗客は10人だが日本人はいない。ここも空港拡張中で中国企業が工事をしていた。

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18 バンダラナイケ空港からマーレへ その先のランガリ島へ

マーレからホテルのある島まで90キロ、30分のフライト。料金はホテル往復夫婦で1000ドルに驚いたが、上空から点在するサンゴ礁の景観を眺めながらの遊覧飛行は楽しめた。

インド洋に広がる南北800キロ(東京から青森の距離)、300平方キロにサンゴ礁の有人島嶼200に40万人からなるモルディブ共和国。うち主な26島それぞれに1カ所のホテル、リゾート施設があり、GDPの3分の1が観光収入で成り立っている。平均海抜2.4㍍のため、1㍍海水位が上がると80%の国土がなくなると警告されているので地球温暖化防止には強い関心を払っている。島内は自然エネルギーによる自家発電、生活用水は循環型、ペットボトルの使用禁止(すべてガラス瓶)、拡声器による音響もなく、海岸にはごみ一つなかったのには驚かされた。タップリ人手をかけている感じ。だからこそ、「世界一のホテル」に二度も選ばれのだろう。2017年ベストハネムーンリゾート賞や、ベストビーチリゾート賞など国際的な賞も獲得しているそうだ。

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19 海に突き出た水上個室 20海岸沿いの桟道
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ヒルトンホテル前のロングビーチ ゴミひとつ落ちてなかった
21 ヒルトンホテル前のロングビーチ ゴミひとつ落ちてなかった
22Breeze and I 23ミニクルージング

裸足の桟橋が熱かったのも思い出。

このランガリ島にはコンラッド・ヒルトンホテルのみ。この島に来る宿泊客はすべてこの島の客。新婚客とともに水上飛行機の発着桟橋に着き、海に突き出た水上個室にカートで案内された。青空のもと無人のエメラルドの海をジャグジーにつかり赤道直下のそよ風に吹かれる。

このホテルは2島からなり桟橋でつながっている。レストランやバー、売店、フィットネス施設、診療所もあり、島内のどこへでもカート20台が送迎してくれる。チップ不要。

このホテルの呼び物は、世界で最初の海中レストラン。ドバイの一流ホテルからスカウトされたコックによる今風のフランス料理を堪能。食品や生活用品はすべて輸入品のため割高だったのもやむなし。

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24 世界で最初の海中レストランでフランス料理を堪能
25VIVA! Happy Mid 80's

4月28日(土)この旅の最終日。この島を昼に水上飛行機でマーレ経由コロンボに着き、2時間の乗り継ぎ時間をラウンジでくつろぎ、現地時間19時発成田行きに乗った。

翌日8時(日本時間)に成田着、昼前に無事帰宅。赤道直下の島から、横浜の気温21度のお陰か風邪をひいてしまったのは不覚であった。

お陰さまで、多少の高齢不安もありましたが、思い切ってかねてからの憧れの地、地球上で最も仏教信者の割合の多いスリランカ、友人からの勧めもあり、地球温暖化に真っ向から向き合っているインド洋のサンゴ礁の島モルディブを訪れることができました。雨季の直前の好天に恵まれたことも幸運でした。

心残りなのは、体力的に割愛したシーギリヤロックをはじめ8カ所のスリランカの文化遺産、セイロンティーの産地と鉄道の旅、一日3回、毎日でも食べるというカレー好きのスリランカ人の料理などの庶民生活に接することができなかったこと。

旅は行きたいところを少しは残しておけかな?

末筆ながら同行して頂いたスリランカ僧侶で仏教学者のナーラダさんに感謝いたします。エンドマーク

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