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 2018/4/16(No267)

「やさしさ」って、なんですか?

立石 裕夫

私

私はまだまだ若いつもりでいましたが、最近年を取ってきたなと感じることがあります。特にそれを感じますのは、自宅で寛いで新聞を読みテレビでの報道を見ている時で、今まで何気なく読み飛ばし聞き流していたことが、色々と気になるのです。「私たちの社会はこのままでやっていけるのだろうか?」

私は浅野さん(DF会員)が主宰の「経済産業懇話会」に参加していますが、過日この「懇話会」で経済産業省の若手官僚の皆様がプロジェクトとして立ち上げた「不安な個人、立ちすくむ国家」をテーマとして取り上げました。このプロジェクトの詳細については、次の経済産業省のサイトをご覧ください。出版もされています。

http://www.meti.go.jp/committee/summary/eic0009/pdf/020_02_00.pdf

(上記URLをクリックしても表示されない場合があります。この場合は、このURLをコピーしてブラウザーからアクセスしてみて下さい)

不安な個人、立ちすくむ国家また、この件についてはDFのホームページにも掲載されています。

このプロジェクトをどのように評価するかは色々とご意見があると思いますが、私は次のように考えています。戦後、私共は赤貧洗うがごとき状態から豊かさを求めてひたすら働いてきました。これは、譬えて言えば階段を一段づつ登っていくような歩みであり、戦後70有余年の後に私共は概ねの平和の中で経済的な繁栄を獲得することができました。が、ふっと気が付けば今私共は踊り場にいます。それは、潜在成長率が1%を切るようなあまり経済成長の期待できない社会であり、歴史的な低金利社会であり、長引くデフレであり、非正規雇用者があふれる社会であり、少子高齢化社会です。従来の人生モデルとか考え方とか通用しなくなり、先行きの見辛くなった社会の中に私共はいると考えています。このような環境の中で、若手官僚の皆様が問題提起をするとともに、何らかの方向性を出していこう解決策を見出そうと取り組んでいる姿がこの資料から浮かび上がってきます。私にはこのような若手官僚の皆様が大変好ましく、「頑張れ!」と応援している次第です。

「経済産業懇話会」でこのテーマを取り扱っている中で、私は10年前の旅行で訪れた知覧を思い出しました。その旅行は、中学高校を共に過ごした友人達とともに還暦を迎えたことを記念して開催したもので、鹿児島・宮崎の観光地・温泉地とかを巡りゴルフを楽しみましたが、その訪問地に知覧の「知覧特攻平和会館」が入っていたのです。

知覧特攻平和会館
知覧特攻平和会館

そこには若き兵士たちの遺品が数多く遺されていましたが、特に印象的だったのは彼らが死を迎えるにあたって両親に遺した手紙でした。その手紙には、日本に生まれたことに感謝し自分を生み育ててくれた両親に感謝し故郷への切々とした思いに溢れていました。これらの遺品を拝見し遺された手紙を拝読していくうちに、私はある強い思いにとらわれていたのです。「この方たちは、日本という国の未来を私達に託したのではないか?」彼らの言葉が聞こえるようでした。「私は、日本という国が存続するためにこの戦いが必要だと教えられてきた。この度命令を受けて死地に赴くことになった。後を頼む。私の死を無駄にしないでくれ。」先の第二次世界大戦では、日本人は310万人が亡くなられましたが、この方たちの多くが同じ思いであったのではないでしょうか?

やがて戦争が終わり日本国は生き残りましたが、「果たして私たちは戦争で亡くなられた先輩方の負託に応えられているのだろうか?」「私たちはこの日本の社会をより良くして次の世代に引き渡すことができるのだろうか?」との思いは私の心の片隅に残っています。このこともあり若手官僚の皆様に、「頑張れ!」と応援したくなるのです。

私は、現在の日本は財政問題・少子高齢化社会の問題・地方活性化の問題等と多くの課題を抱えていると考えています。この中で、教育に関する私見を以下に述べます。この意見は、私の独断がかなり入っていますので、少々乱暴になっていることはあらかじめご了承ください。

人は、知性・徳性・身体でできていると考えています。これに伴い、教育は「知育」・「徳育」・「体育」の3つの分野が必要になります。この中で、「徳性」とは何でしょうか?

最も分かり易い事例は、「やさしさ」でしょう。次の孔子の言葉があります。

  • 子貢:「先生、生きていく中で大切に守っていかなければならない言葉を一言で言えば、何ですか?」
  • 孔子:「それって、『 ( じょ ) 』かな。自分が嫌だと思ったことを人に施してはいけないよ。」
    〈「其恕乎。己所不欲勿施於人。」(論語 衛霊公第十五)〉

三育教育孔子がこのように述べた70年くらい後で、アテネではソクラテスが街中で人と「対話」をしていました。ソクラテスは次の様に語ったと言われています。「私の役目は、例えて言えばお産婆さんかな。新しい考えを生み出そうと呻吟している人を見つけては、声をかけてあげて質問をするのです。その方から答えを引き出して、また彼から質問を受けて私が回答します。このような『対話』の中から彼の考えが整理されて、やがて新しいアイデアが生まれるという次第です。私にはたいした才能はありませんが、そのくらいのことならできます。」(プラトン:テアイテトス)これは今流に言えばイノベーションであり、価値の創造だと私は考えています。このように、多々情報を仕入れてそこから新しいアイデアを生み出していくプロセスも徳性の大きな働きであろうと考えています。

このように考えてみますと、徳性には人を愛し弱者に優しくしチームを作った時にはチームワークを大事にしてチームメイトをサポートし、時に新しいアイデアを生み出してそれを適用し、困難な状況では勇気をもって立ち向かっていくと言う、そのような働きがあると考えています。

私は、今の教育には徳性に関わる教育(徳育)が少ないのではないかと考えています。私は昭和22年生まれなのですが、そのような教育を受けた経験が余りありません。中学高校をカソリック系の学校に通いましたので、あえて言えば倫理の授業くらいですか。

先の大戦で敗戦を迎え日本を再建するにあたり、進駐軍は日本人の従来からの「徳性」に関わる部分を否定し排除してきたと理解しています。「この部分が日本国をして戦争に向かわせた大きな原因である。」そして、その代わりにアメリカ流の「個人主義」を導入しました。確かに「個人主義」とか「基本的人権」とかはフランス革命から始まる多くの歴史的な経験を通して、人類が勝ち得た貴重な財産とは認識しています。しかし、アメリカ流の「個人主義」はキリスト教という倫理基盤があって初めて正しく機能するものであり、倫理基盤の全くない当時の日本にこれを導入したことは、必ずしも適切ではなかったと考えています。

徳育は必要ではないでしょうか?。徳性は人生の指針ともなるべきものであり、自動車に例えれば知性はエンジンであり徳性はその方向性を決めるステアリングであると言ってよいと考えています。若い人達がその人生を充実させ、彼らの住む社会をより豊かにするためにも、徳育は重要であります。そのためには、若い人達が少し「受験勉強」を離れて、もっと幅広い教育の場が考えられ与えられても良いと考えています。例えば、年齢に応じて、地域社会に奉仕する、自然の摂理を身近に触れてみる、偉人と言われている人たちの生きざまを学ぶ、古今東西の思想・哲学を学ぶ、宗教について学ぶ、あるいは文学に親しむとかです。

このように考えて振り返って見ますと、確かに私は加齢の影響というものを考えざるを得ません。最近になって腰痛が出てきてあと何年山歩きができるかしら、どのくらいゴルフができるのだろうかと心配しているのですが、それに加えて私自身の考え方も大分変わってきたようです。先輩・同輩の皆様は如何ですか?エンドマーク

たていし ひろお  ディレクトフォース会員(869)
元 日本アイ・ビー・エム 

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