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一般社団法人 ディレクトフォース

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 2018/2/1(No262)

「創立15年に寄せて‥‥ 私のDFライフ」

中尾 誠男

私

デレクトフォース創立15年を迎え、入会の動機から、何が出来たか、何か貢献できたかなど振り返ってみる。

三菱化学の前身である三菱油化時代、石油ショックで会社が危機に陥り、300人近い人間を受け入れる新エンジニアリング会社を作ることになった。その第一陣に手を挙げた。

その折、一緒に苦労した既会員の満岡先輩、田部先輩にDFの案内を受けた。

満岡先輩からはDFのパンフレットを送ってもらった。当時、事務局長だった児玉君(三菱油化同期)から正式に案内が来た。

社外取締役をしているが、常勤であり、実質活動は難しいと、面接で言ったが、ロータリークラブのように強制の活動はないという事で入会することにした。

ベンチャー支援

入会して暫くして、児玉事務局長から企業支援をしてくれないか、と、ヒューモニーという慶弔電報を20%安くすることが出来るソリューションを持った会社がある、というので、20%安くなるなら、知っている会社の総務に紹介出来る。

長いデフレで経費節約を要請されている会社が多かったので、ウイン、ウインの関係になると思い引き受けた。3社くらいに声をかけた。何社かは決まったと思う。

どうも、その結果がよかったので即、また児玉君から次に、「真空バルブメーカーの企業支援をしてほしい。」とあって紹介の高橋先生と経営者親子に会った。

「取引先名簿を提示し、この会社のキーマンと面談を取り付けていただけばよい」という話だった。名簿の名前に古巣の調達本部長時代の取引先の名前がずらりと並んでいた。

面談取り付けくらいなら、未だ現役でおられるだろうと、安請け合いしてしまった。

詳細な話を聞いて驚いた。IT産業によくある3年周期の落ち込み時期に、100%下請けであった元受け先から、半年分の在庫の生産が終わった所で通常の10%の引き取りしかできないと事実上の取引中止宣言を受けた所だった。

九州出身という太っ腹な経営者は2年間売り上げゼロでも社員の雇用は保証できる。最低限の支払いは出来るので、2年で自力販売力をつけて欲しいというものだった。

2年で立ち上がらなかったらどうなるか(?)と頭をよぎったが、もうやると答えてしまった後であった。

ガンガン取引先を回り、片端からひっくり返していった。流石に、元受け先から不当競争防止法で訴えられたり、商標登録やブランド確立のための弁護士、弁理士の対応、昔の取引先の人物に私の名前を出されて中傷されたり、散々な目にもあった。しかし大企業では経験できない零細企業ならではの経験をした。結果としては全て成功裡に終わり、中小企業、零細企業の経営が生易しいものでない事を体感できる良い経験だった

また、営業網作りには、私1人では物理的に到底無理と思い、定年になった旧部下や昔の取引先の仲間等4人を迎え入れた。私と4人で手分けして名簿顧客の絨毯爆撃し固定顧客作りに成功した。

もともと世界でもVAT社ぐらいしか有力メーカーのいないニッチ市場であったので、訴訟に勝ち、ブランド構築が認められれば、堅い固定取引先が出来る。2年後にDFとの契約更改はない事で、任務は終了した。その後2年くらいは他の4人は残ったが、零細企業特有の、身の丈経営で新たな顧客開発仕事は必要ないという事でそのメンバーも段々止めることになった。やめるメンバーの再就職支援も完了し、4人の内1人は今も私の代わりに執行役員でその企業の営業を支えている。3人のうち1人は若かったので古巣に戻り、1人は引退、1人は今も建材関係の仕事を続けている。

因みに1年に一度くらいはその企業から呼ばれるが、その後の業績は順調に推移している。

IT業界の縁

また、古巣時代の半導体関係の古いコネだけでなく、新しいコネを探すため、古巣時代薬液供給装置という半導体関連の部署の管掌役員だった事で入会資格があり、半導体産業人協会(SSIS)に入会した。本格的な半導体分野の人脈作りには有効だった。現在もその協会の会合には必ず出ている。

IoTやAI時代を迎え第4次産業革命を迎えているという、今、この人脈は大変貴重である。

DFにもIT系出身の会員がおられるが、変化の激しいこの分野で、今も現役がいるSSISの集まりは、ドッグイヤーとかラットイヤーとか言われるこの業界の最新知識の習得には欠かせない。

先生稼業

その後は、企業での講演会、獨協大学の講座、大正大学の講座、専修大学の講座をアカデミー事業部からお受けした。

これは自分の頭を整理し、そのためには本を読むなど、社外役員としての知識を入れるためには報酬の多寡はともかく大変有用であった。この延長上で母校の就職支援講座のお手伝いも手掛けた。この2年は就職が売り手市場に代わり、あまりお呼びがかからなくなったが、この時の教え子の就職した先の状況は、悩んで就職後も相談があるので、随分、生の今時の新入社員の実態や学生の心理を知る事になる。今企業で中堅にいる倅達のほうが私よりずっと古臭いのではないかと密かに思うほどである。

コーポレートガバナンス

最初はベンチャー支援事業といった企業支援の事業部はヒューモニーをはじめITを利用したユニークなベンチャー企業があるので、社外取締役をしている立場では新しい時代を知るには有難い。只、人が良く変わることや会社自体の経営が変わるので、自分で内容を把握してから、紹介することにしている。

社外取締役や監査役をしているため、監査役部会(今は企業ガバナンス部会)での講演会はスケジュールのあう限りで出ることにしている。この分野の新しい知識を得るには有効と思う。今新たに取り組んでいるのが超壽企業研究会と起業支援活動である。DFの存在感やDFの組織活性化に必要な取り組みと思って出席している。

食と農業研究会(ライフワーク)

出席率が最も高いのは「食と農業研究会」で、この会の仲間はとても楽しい。古巣時代、食品分野のエンジニアリングを始め、現在も食品工業倶楽部の世話人をしているので、ライフワークと言ってもよいのかもしれない。また、このメンバーの方々は昔からお付き合いのある方や、取引のあった企業の方など縁の深い方々で、同じ分野でご苦労された方々ばかりなので、座学の後の納会も楽しみの1つである。


「食と農業研究会」で見学先の私(中央)

環境(ESG時代)

千鳥が淵の「桜見守りたい」という花見シーズンに千鳥ヶ淵の清掃かねたパトロールは、ちょっぴり社会貢献しているような癒される瞬間があり、桜の満開の折に時間があれば行くことにしている。同じく環境部会の講演会にはできる限り参加するようにしている。

今、ESG指数*というESGに力を入れている企業に機関投資家の投資を促すことがいわれている。理由はESG指数の高い会社は経営リスクが低く、10年後20年後までゴーイングコンサーンがあるという事である。

「人生は壱・十・百・千・萬で過ごせ」

このように思い返すとDFライフは私にとって第2の人生を健康に過ごすには欠かせない存在である。会社の先輩に100歳まで生きるには「65歳を過ぎたら壱、十、百、千、萬、で過ごせ」といわれた。この意味は「壱日一回排泄せよ」「壱日に十人に会え」「壱日、百字書きなさい」「壱日に千字読みなさい」、壱日に萬歩歩きなさい」であるが、1日1回排泄するには動かなければならないし、1日に10人会うにも会社に行けば会える、またDFの会合に出れば足りる。100字書くにはこのような文を書く事や、会社で報告書を書けば達成できる。千字読むには新聞や書物を見ればよい。DFの講演会に行けば一度で完了できる。

萬歩、歩くには東京駅まで出ることや、会社に行けばよい。それもDFライフがあれば簡単に無理なく達成できる。

「お前、100迄生きるつもりか」と学生時代の友人に言われたが、健康で社会に貢献できるのであれば、何歳まで生きてても許されるのではと思っている。

DFライフで参加したいと思って参加できていないのが、理科実験教室である。医者の愚息が東北の医療支援に今も行っているが、そのバスで会った方々も理科実験グループのメンバーだった。自分は文系だからと心で言い訳している。

いつも思う事だが、人生は経験の積み重ねであり、その経験が楽しければ楽しいほど記憶にとどまる時間が長い、人生そのものが楽しく長く感じられるものであろう。

DFライフ万歳!エンドマーク

なかお まさお ディレクトフォース会員(679)
元三菱油化・三菱化学エンジニアリング・なとり 

*ESG/ESG指数: ESGは、環境(Environment)、社会(Society)、企業統治(Governance)の頭文字をとった略称。ESG指数は、企業をこのESGの観点から評価し、その評価において優れた企業で構成される株価指数のこと。

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