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 2017/10/01(No254)

「楽しい旅の原点を求めて」

ーー 旅はカント哲学を超える Part 1 ーー

濱名 均

私

旅は非日常性の中でのひと時を過ごすものであり、その意味で非日常性は「楽しい旅の原点」の1つと言えるものである。実際に旅に出ると更なる「楽しい旅の側面」を体感できる。北京郊外の万里の長城を訪れた人々が、一様に感じるであろうことは、実際にそこに足で立ち眼を開いてその風景を見たならば、どんなに優れたビデオ編集や写真も、到底その「リアリティ」に及ばないことを実感するであろう。そう、楽しい旅の原点はそのリアリティさにあると私は思う。

座学を中心とした学校教育は、およそバーチャルな世界です。小・中学校の基礎教育では、文字とか言葉を使って物事を表現する訓練期間として有効な意味を持っています。しかし最も多感な16歳から18歳までの感受性の豊かな人生の1コマにおいて、日本を含めた東アジアの国々の受験体制は、知識の再生能力を競うものであり、これからの世界の人々の交流や相互関係において良いシステムとは言えません。想像力と創造力にとって行き過ぎた知識の再生能力は、正反対のものであるからです。

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ドイツの哲学者イマニュエル・カントのエピソードの中に、「カントが決まった道のりを散歩していて、それを見かけた農夫が、それで時間を確認していた」と言われるほど規則正しい生活を送っていました。そして居ながらにして、全世界のことに精通していたと言われている。まさにこの点において「カント哲学」の本質を言い表していると言えるのである。

カント哲学こそは範疇という概念を用いて、認識論の一大体系を築き上げ、いわゆるドイツ観念論として哲学史上のみならず、現代まで生き続けている認識論である。今日の西欧流価値観は本質的に「カント哲学」によって特徴づけられている。20世紀最大の哲学者と言われているドイツの哲学者マルティン・ハイデカーは、「存在と時間」という著書の中で、「言葉は存在の棲みかである」と語っている。実存や実際の存在ですら言葉や概念の中に閉じ込められているのである。カント哲学の本質を言い表している。また今日的な管理社会における人間疎外を生み出しているのである。

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さて今日、日本に大勢の外国人観光客が訪れています。様々な国々から、様々な目的をもって来日しています。欧米の人々には「自分たちにはない神秘的な日本」を見たいという思いがあるかもしれません。あるいは画家のゴッホが思い巡らせた日本人と日本の文化に触れようとして来日しているかもしれません。来日した世界の人々を、広い意味で「もてなし」、その触れ合いの中で我々日本人も、「日本再発見・再考」するチャンスであります。バーチャルでは味わえない「旅の醍醐味」を提供し、同時に我々日本人も「日常的に旅に出て、バーチャルからリアリティへ」と思考回路を変化させて、日本人ならではの「カント哲学」を超えた価値体系を生み出して行こうではありませんか。エンドマーク

はまなひとし ディレクトフォース会員(会員No734)
現 サービス経済研究センター 元 オリエンタルランド 

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