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一般社団法人 ディレクトフォース

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 2017/8/16(No251)

 戦後72年目の夏を迎えて‥‥
「日米交流プログラムに参加して思うこと」

松﨑 浩

私

今年も8月15日がめぐってきた。太平洋戦争終了から72年目。干支が一巡しさらに十二支もひと廻りもの時が流れた。この間、世界でも珍しい、直接戦争に巻き込まれず様々な局面で平和維持を志向してきた日本、功罪はいろいろある中でやはり日米の特別な関係が日本の来し方に大きな影響を与えてきた。その中で、この数年理事として関わっている「一般社団法人日米協会」が今年創立100周年を迎えた。4月13日には天皇皇后両陛下ご列席の下、安倍首相夫妻、岸田外務大臣夫妻、榊原経団連会長、中曽根弘文日米国会議員連盟会長等も参加し記念式典を開催、これまで1世紀にわたり民間ベースで日米交流活動してきた協会の次の100年の活動に向かって決意を新たにしたところである。

日米協会は1917年(大正6年)、激動する国際情勢の中、日米両国の有識者たちによって創立され、初代会長にはハーバード大学を卒業、大日本帝国憲法の起草にも関わった金子堅太郎、名誉会長には時のアメリカ大使ローランド・モーリス、名誉副会長には徳川家達(徳永宗家16代)、渋沢栄一、高橋是清など、執行委員には新渡戸稲造、団琢磨、井上準之助など、時の政財界や学界を代表する人達が名を連ねていた。以来1世紀にわたり、吉田茂などの首相経験者から現在の前駐米大使藤崎一郎会長まで、9代の会長の下に日米両国および世界の平和と安定を願い、より良い2国間関係を築いていく為、互いの歴史、文化、慣習、国民性などを尊重しながら、あくまでも民間ベースの教育・文化交流、人物交流、知的交流等の活動を行ってきた。

「一般社団法人日米協会」創立100周年式典の様子
(首相官邸サイトより)

戦時中は当局の要請で協会の活動は停止されたが、1946年には占領下にあったとはいえ、早くも事務局再開、戦後の混乱期から経済復興を成し遂げるまでの数十年間、日本には日米協会以外にアメリカの要人や賓客を受け入れ英語で講演会を主催できる団体や組織は少なく、協会での講演会がアメリカの対日政策を発表する場となることも度々あった。そのような伝統を継承するとともに、日米協会としては新しい1世紀に向かって協会の理念と使命を存続させていくためこれからの日米関係を担う若い世代が日米関係の重要性を認識し継続できるような時代に即した多様で魅力のある活動を展開してゆくべく記念事業も企画してゆく予定をしている。

おりしも5月中旬には、静岡県下田市で今年78回目となる黒船祭に参加する機会をいただいた。160年以上前にアメリカのペリー提督率いる米国海軍が黒船4隻で来航、太平洋を跨ぐ日米両国友好の端緒となった先賢の偉業をたたえ、併せて世界平和と国際親善に寄与すべく1934年(昭和9年)に始まった歴史的イベントである。函館と共に日米和親条約により開港、総領事タウンゼントハリスが初代領事として着任した地でもあり、まさに日米外交関係の発祥地である。

写真は2017年5月20日「黒船祭」前夜祭と式典当日の様子(クリック拡大)

世界にも例を見ない強い絆で結ばれた友好関係を築いてきた今日の日米関係の第一歩がこの下田の地から始まり、その後の両国の間には不幸な時代もあったが、ともに世界平和と国際親善に寄与するために歩んで今日に至っている。今日の世界情勢を見るに、国と国の友好関係を構築することがいかに難しいかを思い知らされる。在任10年を超える故マンスフィールド駐日大使の有名な言葉に:Japan-US relationship is the most important bilateral relationship bar none.(日米関係は世界で比類なき一番大事な関係だ。)がある。全く違った文化・歴史背景を持った2つの国がこれほど安定的な友好関係を築いてきたのは本当に稀有な事であり、その礎ともなった黒船来航に今、改めて思いを馳せることはとても大きな意義がある事だと感じた。

しかも市民レベルでの交流であることが重要である。下田氏はペリー出身の米国ロードアイランド州ニューポート市とは姉妹都市を結び、下田公園で開催の公式式典には今回も市長はじめロードアイランド州の日米協会会長も参加、下田市長・静岡県知事・アメリカ側からも名古屋総領事(大使代理)、米国海軍、海兵隊の代表などが参加し、下田市民の皆さんが多数参加され、市民ベースの友好関係を改めて確認した。

私自身は戦後すぐに生まれ、小学生時代には日本ではかなりの人々はまだバラックに毛の生えたような家に住んでいる状況で、アメリカの豊かな中流家庭のホームドラマがテレビで放送され、FENのラジオでは軽快なジャズ・アメリカンポップスが流れ、彼我の違いに憧れと悔しさの混じったような複雑な気持ちでアメリカを疑似体験したことを覚えている。その後アメリカの大学院での経験や NY/Washington DC での駐在勤務などを通して直接アメリカに触れ、豊かな国土に恵まれ、気さくでオープンなアメリカ気質、アメリカンドリームと言われる機会平等が与えられる国との印象と同時に、いまだに様々抱える問題も根強く残っている事も目の当たりにした。昨年以来の国際舞台における米国の立ち位置にも不安と苦悩が見え隠れする。

昨今の世界を見るに、残念ながら人間の本来持っているエゴや愚かさがもたらす不幸が数多く見られる。しかし同時に人間として備わっているはずの叡智・寛容・思いやりの心は様々な問題を克服する原動力となりえると思う。日本人はこれらの精神を供えているにも拘らず、国際舞台で日本人だからこそできる客観的立場での問題解決へのリーダーシップが発揮されていないのを見るにつけ、これまで比較的海外との接触の多かった職歴の中で接する日本人の国際舞台での存在感の薄さが残念でならなかった。
「理想論」とかたづけられてしまうこともある。今改めて John Lennon のImagine*1の1節を心に刻みたいと思う。「You may say I am a dreamer, but I'm not the only one.(夢追い人と言うかもしれない。でもこう思うのは僕1人だけではない)」。

国家間の政治・外交次元での相違を乗り越える国民同士の交流・理解の大切さをもう一度思い出す原点として黒船祭りの歴史的価値と「黒船祭りSpirit」が広く世界に発信されることを今回参加し、改めて強く願った次第である。元来日本および日本人は世界の他の国からは中立・公平な立場にあると信頼されてきたわりにはその信頼に応えてきていない気がする。日本の評価そのものもこのところ大分変化してきている。その意味でも日米関係に限らず、日本人が地球的規模で抱える諸問題に対し、民間レベルにおいてもイニシアティブとリーダーシップを発揮できるような将来のグローバルリーダーが育ってくれることを願っている。

今後はこれまでの問題意識、それなりの経験をもとに、日米協会を初めいくつか関わっているグローバル人財育成、交流活動支援を通じ何らかの貢献をしてゆきたいと思う。エンドマーク

まつざきひろし ディレクトフォース会員(91)
(社)日米協会 元モービル石油 元IIBC*2

編集註:Imagine*1のビデオはこちらからご覧いただけます。
     IIBC*2:(財)国際ビジネスコミュニケーション協会(TOEIC 主催団体)

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前夜祭 歓迎交流会で鏡開きが行われた
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