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 2017/7/1(No248)

イタリアを仕事にする

三浦 陽一

筆者

日本人にとってイタリアは親しみやすい国のひとつのようです。イタリア料理は日本人にはお馴染みですし、観光でイタリアを訪れる日本人も年間100万人以上にのぼります。日本人がイタリアに対して持つイメージは、食べ物がおいしい、史跡が多い(世界遺産の数は世界一)、ファッションの中心、陽気な人々と言ったところが一般的でしょう。それも間違いではありませんが、そんなイタリアのミラノに商社駐在員として転勤、家族と共に5年間を過ごした私が、イタリア的生き方に共感して人生まで変えてしまうことになるとは、当時は予想もしていませんでした。

ミラノに赴任したのは1994年4月。アルプスを越えミラノ北西のマルペンサ空港に着陸する機上からキラキラと光る広大な水田が見えたのがとても印象的でした。後日、この辺りには米の買い出しでせっせと通うことになります。

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ミラノでは物資食料部を担当。日本から輸入の仕事もありましたが、多かったのはイタリア国内の企業の製品の日本向けに輸出の開拓。幸い現地のイタリア人スタッフが優秀なベテランで、既存の取引先ととても良い関係を築いており、私は新規開拓に力を入れることができました。イタリアは中小企業の国とよく言われますが、まさにその通り。特に我々がかかわっている革製品や靴資材、食品関係のメーカーはほとんどが家族経営の中小企業です。当時、英語を話す人がとても少なく、イタリア語を話さないことには仕事になりません。昔趣味でスペイン語をやっていたのがここで役立ち、文法や単語がよく似ていることから、全くの初心者に比べればかなり効率的な時間と努力でイタリア語を仕事で使えるようになりました。

赴任して1年余りは円高が急速に進み、イタリアからの製品輸出には絶好の追い風。日本の大手小売店やメーカーなどに革靴や靴資材、加工食品の輸出などを新たに開拓することができました。来客も多く、忙しくも充実したミラノ生活を送っていたところに降ってわいたように起こったのが1996年3月の次女誕生です。高校生の長男、小6の長女とは一回り以上年が離れた妹の誕生でしたが、妻の妊娠が判ったときから家族全員で家事を分担するなど、難しい年ごろにもかかわらずとても協力的だったのは意外だったし、感謝しています。

イタリアを仕事にしようと思ったのは、この次女が生まれたことがきっかけです。次女が誕生した時、私は45歳。彼女が20歳になった時には65歳となってしまいます。娘が独り立ちできる前にサラリーマンでは定年となってしまうと考えたとき、いずれ独立して仕事をすると言う選択肢を検討し始めました。折角イタリアと言う興味深い国で貴重な経験をするうちに、イタリア的な生き方に共感し、それを将来の仕事のベースのひとつとしようと思い付いたのです。日本人にはイタリア人はあまり働き者とは思われていないようですが、それはイタリア人が夏休みを3週間も取るとか、仕事がいい加減とか言う印象から来ているようです。イタリア人に限らず、ヨーロッパ人は非常にメリハリの効いた仕事のやり方をします。かなりの集中力で仕事を勤務時間内にさっさと済ませ、家族との時間を大切にするのがイタリア人のやり方です。イタリアでは法律で企業が有給休暇を従業員に消化させねばならず、クリスマスと夏休み時期にまとまった日数の休暇を消化させる慣習がありますが、一方で法定休日数は日本の16日に比べ、イタリアでは10日に過ぎず、有給休暇の消化率と反比例しています。

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イタリア人と何年か仕事をしているうちに、日本との行き違いの多くはそれぞれの「常識」の違いが原因だと判って来ました。色を表すブルーと言う言葉、日本人では誰でも知っていますが、イタリア語のブルー(スペルはblu)は、日本では紺とかネイビーブルーと呼ばれる濃い青色です。これを知らないでアパレルや靴のビジネスで色をブルーと指定すると、製品はイタリア人の考えるブルー、日本人にとっては濃すぎる色で仕上がって来ます。この背景を知らずに現象だけ見れば、イタリア人はきちんと仕事をしないと言うことになりかねません。そんな経験を重ねつつ5年間の駐在生活を終える頃には、イタリアについて専門家と言えるくらいにはなっていました。

帰国後、丸紅の子会社で経験を積むなどのステップを経て、最終的に自分の会社を立ち上げたのは2003年1月のことでした。幸いにも以前の取引先から仕事を頂けることになり、イタリアのメーカーの開拓と契約、輸入業務、更には先方が来日した際のアテンドなど、これまでの経験を生かした仕事に携わることとなりました。当初、自分で自分のスケジュールを管理し、仕事を作って行く生活に戸惑いましたが、あちこち動き回るうちに、新たな仕事の話も舞い込むようになり、最初年2回のイタリア出張を行っていたものが、その後の取引先拡大で現在では年4回、フィレンツェなども含めた出張を行うようになりました。好きなことを仕事にすることはとても楽しく、数多い出張で積み重ねた旅行のノウハウを2014年7月に「イタリア マル秘旅行術」(メイツ出版)として出版、幸い読者の方々のお役に立ったのでしょう、版を重ねて今に至ると言うおまけまで付いてしまいました。

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2014年7月出版した「イタリア マル秘旅行術」

好きこそものの上手なれ、とはよく言ったものです。サラリーマン時代、そして独立起業と楽しく仕事をして来ましたが、縁あって参加させて頂いたディレクトフォースでも、自分のささやかな経験で社会貢献ができればと考えております。エンドマーク

みうら よういち ディレクトフォース会員(1172)
元丸紅 

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