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 2017/4/1(No242)

「見る」を楽しむ

加藤 信子

筆者私は街、風景、建築、絵画等なんでも見るのが好きで、仕事も長らく「見る」ことに携わってきました。「みる」には、「見る」のほかに「観る」「視る」などがあり、英語でも、see、look、watch などの語があって、友人の哲学者によると「見るとは何か」というのは、哲学でも大きな命題であり、「見る」とは単に「目に入ったものを脳が映像として認識する」だけではないようです。ここでは難しい哲学論議は別にして、「みる」に関わる私の体験3つを述べたいと思います。

はじめは「写真で見るのと実際に見るとでは大違い」だった経験です。35年ほど前に初めての海外旅行でアテネとパリを訪れました。この時、文字通りカルチャーショックを受けました。最初に訪れたアテネで見たパルテノンは、もちろんそれまでに写真で何度も見ていましたが、その大きさに驚いたことに加え、この遺産が紀元前450年頃建てられたもので、その後、2000年ほど使われ続け、破壊されたのはわずか500年ほど前だということでした。その後訪れたパリでも街並みから石の文化の大きさ、堅牢さなどに圧倒され、欧米人が「culture」という言葉から連想する具象と日本人が culture の訳語である「文化」という言葉から連想する具象は全く異なるものではないかと感じました。日本にない「文化」を体験したくて海外旅行を続けています。

(クリック⇒拡大)
最近興味を持っているロマネスク建築 (フランスの小さな村で)

2番目は「能力に応じて見えることが深まる」です。絵を描くのは全くダメな私ですが、鑑賞するのは好きで、展覧会にもよく行きますし、海外旅行でも美術館を訪ねるのは欠かせません。美術に関する本もよく読むほうだと思います。最初の頃はただ見るだけで、絵の横にある説明文を読んでは「ふーん」という感じでしたが、色々とみているうちに、同じ主題の絵に出会ったり、描かれた神話や歴史、文化などに興味を持ったりで、「ふーん」の度合いが少しずつ深まってきたように思います。もちろん、専門家ではないのでその程度はしれていますが、それまでは見えていなかった細部に気が付いたり、比較鑑賞したりすると絵を一層興味深く見られるようになった気がします。建築も同じで、最初の海外旅行ではただ圧倒されるだけだった街並みも町ごとの様々な特徴に気づくようになり、楽しみが増えました。以前に訪れた街を再訪したら、どのように目に映り新たに何が見つかるのだろうかと思ったりします。

最後は、長らく私の本業であった分析化学に関する「みる」で、「見えているものしか見ることができないけれど‥‥」です。科学の世界ではレンズの発明により微細な領域を見る顕微鏡や、遠くを見る望遠鏡によって世界を広げ、光の代わりに電子線を用いてさらに微細な世界に足を踏み入れ、X線を用いて透視技術を手に入れてきました。「見る」ことを「物事を把握し真実に迫る行為」とすると、「分析」もある意味で「見る」行為になるでしょう。様々な技術が発展し、私が携わるようになった40余年前と比べても分析技術の進歩、拡がりには驚くべきものがあります。しかしながら、高度な分析技術でも物事の一面しか捉えることができず、いくつかの分析を組み合わせても、全体を再構成するには情報が不足して、総合的な解明の難しさを痛感し続けてきました。現在の技術をもってしてもまだ見えないことが多いのも事実です。そのような中で、多くの科学者が「見る」ことにこだわってきたのは、何かが新しく見えた時の感動が大きかった証だと思われます。私でさえ、化合物の構造が決まったり、現象が解明できたりした瞬間には、些細なことでも、一人、大きな喜びに浸ったものです。今はディレクトフォースの理科実験グループでこの喜び、楽しみを次の世代に少しでも伝えられたらと思っています。

「見る」はどこでも一筋縄ではいきませんが、楽しみも尽きません。エンドマーク

かとう のぶこ デイレクトフォース会員(1103)
(元ブリヂストン)

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